クラマラス 3話 (長編小説)
私は葛西蒼汰くんと3度目の再開を果たした。3年5組の放課後の教室からあのギターの音色が聞こえたからだ。
ここ最近は決まってこの時間、個人練の時間に抜け出して3年5組の教室の前を通る。あの時のギターの音色が聞こえるかもしれないと思ったからだ。
そして聞こえた音色、今日の音は弾んでいた。前に聞いた時はどこか暗い考え事をしているような音だったのに、「なんでだろう?」と思った。
教室には入らず廊下から聞こうと思っていたけれど、その音色の違いがあまりにも楽しそうなので弾いている彼の前につい歩を進めてしまった。
目の前に立っているのに彼は何も反応しない。集中しているのだろう。声をかけようかどうしようか迷った。
彼の顔が下から段々動いて私を認めた。話を聞かずに走り去ってしまうから追いかけた。『話したい』と思った。なぜこんな音色が出るのだろうと。
「嬉しい、あの時の演奏見ていてくれたよね」
「あ、うん」
彼は息を切らせながら答えてくれた。
「私ね、ずっと話してみたいって思っていたんだ」
「え・・・なんで?」
まだ息を切らしている。訝しい声で刺してきた。
「え、だって真剣に聞いててくれたから」
「・・・そうだったんだ。突然だったからつい見惚れちゃって」
「さっきね!ギター聞いてたんだけど、なんであんな音色が出るのかなって思って」
「吹奏楽の演奏のことはいいの?ギターのこと?」
私は「しまった、早まった!」と思った。
「・・・まぁいいけど、ギターね・・・そう言えばなんでそんなに走って平気なの?結構走ったよ」
「へ?あぁそれはね私、吹奏楽部。楽器を吹くには体力と肺活量が必要です。だから毎日走ってる」
「あぁなるほど、そう言うことか」
あまりにも彼が『得心した』と手を打ったので笑ってしまった。
「教えてくれてありがとう。じゃあまた」
そう言って帰ろうとする。まだ何も回答してもらっていない。
「ちょっとそこに座って話をしようよ」
「・・・分かったよ」
彼は戸惑っていたけれどそう言ってくれた。公園のベンチに二人腰掛けた。
「ギターすごい上手だね」
この辺りから攻めて行こう
「ありがとう」
「いつ頃からやってるの」
「えっと、中学生かな」
「へぇ!私もトランペット中学からやってる」
「あぁだから上手なのか」
「え?」
「あ、ごめん」
「いやいや嬉しいです」
ちょっと顔が熱い。赤くなっているだろうからこっちは見ないでほしい。
「なんか、演奏、すごく熱がこもってて。聞いてて励まされるようだった」
すごく嬉しい。
「あ、ごめん、音楽のことになると言葉が過ぎてしまって」
彼は繊細で優しいのだと分かった。
「ううん、えっとごめん、筒井から名前を聞いた。葛西くん」
「はい。あ!そう言うことだったのか!なんか最近筒井さんが僕のことをじっと見てくるから、何か軽蔑されるようなことをしたかなって思ってて」
「え〜そうだったの!筒井なんでそんな風に見てるかなぁ」
「でも僕を見てくる謎の1つがとけたよ、でもほんとなんで筒井さんはあんな目で見てくるんだろう」
「さぁ・・・」
2人で首を傾げた。あまりにもシンクロしたので2人で笑った。
「私は北野麻衣って言います。3組です」
「3組なんだ。ってことは商業科?」
「そうそう、商業科」
「4組にさ浦野ってやつがいるのわかる?」
「うんわかるよ」
学科外では交流する機会は少なくなるが、学科内のクラスは頻繁に交流する。教室の広さや担任の負担の面でも1つの学科を2つのクラスに分けているが、大体の行事は学科ごとでするので交流は多くなる。
「どんな人なの?」
「んーあんまりわかんないけど、なんでも真面目に取り組む印象があるなぁ。2年の時は同じクラスだったから文化祭の準備なんかはコツコツとしていたよ、どうして?」
「いや、ちょっとね」
「そういえば大体、イヤホンつけて音楽なのかなぁ?聞いてる」
「ふぅんそうなんだね」
自分から聞いておいて濁すし反応が薄いし、なんなんだろう。
「話がしてみたいなら間に入ってあげようか?」
「いや、それはいいや」
「え?そう?・・・あ!もう戻らなきゃ」
「え?」
「部活、サボってきたんだよね」
「え?そうだったんだ!」
「じゃあまた」
「うん、また」
そう言い合って私は学校に急いで戻った。
パート練習の終わりギリギリの時間だった。3年生になり後輩を指導するポジションになり1年生も入ってきた。よかった。これで形になる。1年の楽器も決まって練習が始まっていた。
トランペットは私の他に3年生が1人、2年生が1人、1年生が3人。これにホルンが加わって金管楽器パートだ。筒井はユーフォニアムでトロンボーン、チューバと一緒に低音楽器パートに入る。低音パートは色々大変だったが1年生にチューバが入ってきてくれたおかげで安定し始めた。
ここまであったので筒井は少しナーバスになっていたのだろう。今は少し落ち着いている。でも忙しそうだ。
「あ、いた、北野、どこにいたの?」
「ごめんごめん、ちょっとサボってた」
「あのねぇ、1年に教えないといけないことがたくさんあるんだからしっかりしてよ」
「そうね気を付ける」
「もう・・・何してたの?」
「ん?筒井のクラスの葛西くん、やっと会うことができたんだよね」
「え?そうなの」
「うん、ちょっとお話しすることができた」
「・・・私にはまだ信じられないんだけど、本当に葛西、ギターなんて弾くの?」
「ホントに知らないんだ?今日も弾いてたよ」
「ふぅん、そんな葛西に北野がなんの用があって話しかけてんのよ」
「ギターの音色がね、なんか不思議なんだよね。寂しさもあって物悲しいのに、今日のは『とっても元気!』って感じでなんか惹かれるんだよ」
「それって好きってこと?」
筒井はたまに突飛なことを言う。
「えーないない!それはないよ。だってついこの間会ったんだよ?葛西くんを見たの今日で3回目」
「そうなの?それならよかった。何かあったら私に話してね」
「筒井にはなんでも話してるじゃん」
「そうだね、やっぱり私今ちょっとナーバス?」
「そう思うよ」
「わかった気をつける。で、そっちのパートはどう?」
「1年いいよ、初心者の子もやる気あるし、あとの2人は経験者だし、ありがたいね。橋本もいるから任せられるよ、何かを教えることに関して橋本はもう天才って言ってもいいんじゃない?わかりやすい」
「2年生も成長したしね」
「ホントすごいよ橋本は」
「だからってサボっていい理由にはならん!」
「ひえー、ごめんなさい」
大袈裟に言った筒井のお説教を大袈裟なリアクションで返してこの話は終わった。これから全体練習をして今日の部活は終了だ。
橋本と私は自分のトランペットがある。私は中学の時に買った。橋本は吹部を初めて2ヶ月後買った。
「ねぇ橋本」
「何?」
楽譜を立てて楽器を準備をしながら話をする。もうこんなことは毎日の流れなので雑談をしながらでも出来る。
「橋本はなんでトランペット買ったんだっけ」
「今更聞く?」
「そうだね、なんでこんなこと聞いたんだろう」
自分で笑ってしまった。
「でもまぁいいや教える。北野がトランペット持ってて『いいなぁ』って。簡単に言うと真似したんだよね」
「そうか、そうか、私の影響か」
「何を偉そうに、でも北野の影響、トランペット頑張ろって思った」
橋本とはお互いに影響されあっていると思う。
2年の夏頃まではライバルみたいに戦っていたが最近は争う感じは無い。諦めたとは考えられないが敵対している感じは無くなった。それが居心地良い。でも同じパート同士ソロをかけて戦っていた頃は楽しかった。
「1回、私がソロ任された時あったじゃん」
橋本は続けた
「あったね」
「それがとっても嬉しかったんだよね」
「私はとっても悔しかった」
「あれでねようやく報われた気がした」
「うん、そうだよね、その気持ちわかるよ」
「ありがと」
「ちょっと待って何しんみりしてんの?」
二人で笑った。
「そうだ。まだまだこれから」
「そうそう、これからこれから、よろしくね」
「はいよ」
「もうそろそろいいかしら?」
滝野先生の声が聞こえた。
「え、はい・・・」
「皆さんも2人みたいに仲良く競い合って良い音を出しましょうね」
「はい」
恥ずかしい。非常に恥ずかしい。2人で顔を真っ赤にした。
練習も終わり楽器をしまう。1年の山下が話しかけてきた。
「先輩、明日の朝練来ますか?」
「え、あぁそうね行く行く」
「よかった。教えてほしいところがあるんです」
「いいよ」
「ありがとうございます」
「じゃあまた明日ね」
朝練は自由参加だ、大会の前などはほぼ強制だが自由参加になっている。
私は普段は朝練には参加せず。河原の迷惑にならない秘密の練習場所で吹いている。気持ちよさが段違いなのだ。明日は練習場にはいかず学校にいく。後輩の為に。なんだか嬉しい、今日は色々あったなと振り返りながら私は家路についた。