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手を繋ぐ(短編小説)(ショートショート)

手を繋ぐことが嫌じゃなくなったのはいつからだろう。

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母親は僕の手を強く引く人だった。僕は何か言う間もなく母親の歩く速さについてくのが精一杯だった。
母親はいつも何かに急いでいて「早くしなさい」が口癖だった。
「早くしなさい。置いていくよ」と何度言われたことか。本当に行ってしまう事もあってその度に僕は自分が邪魔な存在なのだと思ってきた。
「痛い」と母親に伝えたことがあった。
「あ、そうならもう手を繋がなくていいね」そう言われた。
その日以来僕と母親は手を繋ぐことがなくなった。解放されたのだけど僕はとても寂しかった。

だから手を繋ぐとそのことが思い出されて僕は他人と手を繋ぐのが嫌だった。

彼女と出会って初めて誰かに必要とされることの暖かさを知った。
「あなたがいてくれなきゃ困る」そう言われた。僕が仕事が辛くて自暴自棄になっていた。もう全てを投げ捨ててしまおうかと思っていた。その時にそう言われた。

デートをした。でも手は繋げなかった。申し訳なく思った。佑美はそんな僕の表情を見て「大丈夫ですよ、貴方の隣にいるだけで幸せな気分だから」そう言ってくれた。僕はこの人と共に人生を過ごしていきたいと思った。
幸せを知ったのはこと時かもしれない。佑美がいてくれるだけでよかった。


それから佑美のお腹の中に新しい命が宿ったことを知った。

「ね、動いてるのわかる?」
もう安定期は過ぎてお腹も大きくなっていた。佑美から「お腹触ってみる?」と言われて少し不安だったけれどお腹に手を当ててみた。
命があることを実感した。僕は佑美のお腹に当てた手をそのまま佑美の手の方に持って行った。佑美と手を繋いだ。温かった。驚いていたけどすぐに笑顔になり涙を流した。
「あ、ごめん」
「いいよ、とても嬉しいから」
「僕も嬉しい僕たち2人でこの子の手を引いて歩きたいな」
「何言ってるの?そんなのまだ先よ」

僕たちは笑い合った。笑いながら泣いていた。


「佑美さんの手を握ってあげてください!」
忙しなく動く看護師さんにそう言われて分娩台で必死に力を入れている佑美の手を握った。『頑張って!2人とも』と祈りながら僕には手を握ることしか出来なかった。そんな自分を悔やんだ。

大きな産声が聞こえたのはそれから1時間後のことだった。
「元気な女の子ですよ」と助産師さんが言ってくれた。よかった。本当に良かった。僕はまた泣いた。佑美は彼女の顔をみた後に安心した顔で眠った。

病院の小さいベッドに寝ている彼女を見ながら僕は徐に手を伸ばし彼女の手に置いてみた。彼女は僕の指を握ってくれた。
「見て!指、握ってくれた!」
「静かにしなよ」叱られた。
「そうだね、指、握ってくれたね。でもそれ把握反射って言って原始反射の一つだからそうなるものなのよ」
「え、そうなんだ」
ちょっとショックだった。佑美はそう言いながら僕に原始反射を一通り見せてくれた。

彼女は『純』という名前を与えられ元気に育った。
3人で手を繋ぐこともできた。
3人でたくさん話をした。
3人でいろんなところへ行った。
僕の右手は純のもので純の右手は佑美のものだった。

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「お父さん待って」
「うん、待ってるよ」
「どうしたの?」
「え?何でもないよ」
最近純は人の気持ちを感じ取ることが鋭くなった。佑美が亡くなって以来僕は毎日毎日忙しくしているからだろうか。そんなことで純の鋭さに磨きがかけられるのはそれは僕の罪だと思う。

「本当?何かあったら言ってよね」
「うん、わかったわかった」
最近純は大人のようなことを言う。

「お父さんお願いがあるの。私、今日そうめんが良いんだけど、どうかなぁ?」
そう言って僕を上目遣いで見る。
最近純はあざとさを覚えた。どこで覚えたのだろう?
でもそれが可愛かったりする。

「そうだね、今日はそうめんにしようか」
「やった」
小さくガッツポーズをする。なんだこの可愛い生き物は。

「うへぇ階段だ。お父さん引っ張って〜」
「はぁ?頑張りなよさっきまで走ってくせに」
「嫌だ。お父さん手ぇ」
「・・・わかったよ。ほら」
「うへへ。」
「何だそれ」

僕は少し慎重に純と手を繋ぎ階段を登った。


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