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クラマラス 17話 (長編小説)


 目の前に北野さんがいる。浦野や新谷は「声を掛けて来いよ」と言っている。僕はてっきり他の人とデートだと思っていたのだが、一緒に居たのは筒井さんともう一人は確か北野さんの隣でトランペットを吹いていた子。

 なんだ部活仲間と来ていたのか、あまりにも浦野がうるさいので「わかったよ」と言って北野さんのところまで歩いた。その瞬間北野さんは躓いて転んでしまった。

 「大丈夫!?」
北野さんは一拍おいて驚いた表情をしていた。
「なんで?なんで葛西くんがいるの?」
不意打ちの質問だ。

「え?あぁ後ろ後ろ」
そう言って指差した先を北野さんが見た。

「あぁ。そっか葛西くんみんなと行くって」
「そうそう、花火なんて誰かと来る事なんて初めてだよ」
「そうなんだね」
「うん・・・いやいや!そんなことはどうでもよくて北野さん大丈夫なの!?」
「うん、大丈夫」
そう言って北野さんは立ち上がったが

「いたたたた」

「足ひねったんですね」
北野さんの後輩が話しかけて来た。
「ちょっとここは通り道になってるから向こうのベンチまで行こう、葛西も手伝って」
筒井さんはテキパキと指示を出した。
「うん」

筒井さんと後輩さんが北野さんの両方を抱えてベンチまで行く、僕は鞄を持つ。
その様子を見ていた浦野と新谷も来てくれた。

「どうした?」
「北野さんが足首を捻ったようで、あ、そうだ!」
僕は急いでその場を離れ、かき氷屋さんへ向かった。

「すみません、かき氷ください」
「味付けは何にしますか?」
「あ、えーと、氷だけって出来ます?」
「はい?氷だけ?」
訝しんでいるがしょうがない。

「友達が、捻挫してしまって、冷やすための物が欲しくて、シロップはいらないので氷だけ売ってください」
「なるほど、そう言うことならカップに入ってるだけじゃ十分に冷やせないでしょ。ちょっと待ってな」

そう言ってかき氷屋さんは氷の塊をビニール袋を何重にもして渡してくれた。
「ありがとうございます。お代は?」
「いいよいいよ持っていきな」
「すみません。ありがとうございます」
かき氷屋さんにお礼をしっかりと言って僕は北野さんのもとに向かった。

「ありがとう」
患部に氷を当ててもらった。当てながら北野さんは心配したような声で言った。

「あぁ、もうすぐ花火が始まっちゃうな」
「そうだね」
「ねぇ筒井、山下と一緒に行って来て」
「はぁ?そんなこと出来るわけないじゃん」
「みんなも心配してると思うし、行って来てよ。私は音だけでもいいし、なんならここからでも見えるかもしれないし」
「ここはあの木が邪魔して見えないよ」
浦野が言った。

「ほら、北野が見られないんなら私も見なくていいよ」
筒井さんが本気で言っている。

「みんなに連絡しましょうか?」
「いや、でも心配させたくないし」
北野さんはそう言った。

「僕が北野さんと一緒にいるよ」
「え?」
「僕が北野さんと一緒にいるからみんなは合流して、で、浦野と新谷も一緒に行かせてもらいな」
「一緒に行くのはいいけど・・・」
筒井さんは困惑したように言った。
「で、新谷はちゃんと話をして来なさい」
いい機会だと思った。

「え、話ですか?」
「うん、ちょうど部長と副部長もいるから」
北野さんは僕の考えに賛同してくれたようだ。

「え!嘘でしょ」
「本当です。行って来なさい。筒井お願いできる?」
「でもねぇ」

「ほらちょうど私、葛西くんと話をしなきゃいけないこともあるし」
「それはそうだったけど・・・」
筒井さんは本当に北野さんのことが心配なのだ、こんな表情を今まで見たことがない。

「いいじゃないですか、葛西先輩に任せましょう」
後輩さんが筒井さんに言った。
「ほら、みんなのところに行きますよ」
そう言って筒井さんを連れて行った。浦野と新谷も続いて歩く、新谷はまだ「え〜」と言っているが。

「あの後輩の子、サバサバしてそうでいいね」
「でしょ、私も直の後輩でありがたい」
「うん」

少し沈黙。

「葛西くんはよかったの?花火見たかったんじゃないの?」
「うん、まぁ北野さんも言ってたじゃない。音だけでいいしここからでも見えるかもしれないじゃん」

「でも浦野くんは見えないって言ってたよ」
「あいつはなんであそこで口を挟むかね」
北野さんは笑っていた。

「で、話をしたいことがあるってのは本当のこと?」
「うん、私謝らないとなって思って」
「謝る?何を?」

「この間花火大会に行くのを部活の人達と行くのを伝えるのが出来なくて。だから・・・」
「そう言うことか。いやぁ彼氏がいるんなら今までの北野さんと登校したり、河川敷で音楽をしたりするのは彼氏さんに悪かったなって思って反省して」

「彼氏なんていないよ!だって考えても見てよ放課後はずっと部活して、帰りは河川敷でトランペット吹いて、朝早く学校行ってってしてたら彼氏なんか作る暇なんてないよ」
「あぁ確かにそれはそうだね」
妙に納得してしまって笑ってしまった。

「笑わないでよね」
そう言いながら北野さんも笑っていた。

「北野さん、そういえば浴衣似合うね」
「え?あ、ありがとう」
「北野さんは水色が似合うよ」
「そう?ありがとう」
そう北野さんが言った時、遠くのような近くのような不確かな距離感で花火が鳴った。

「あっ!」
二人とも声を揃えて同じタイミングで音のする方を向く。やっぱり木が邪魔をして花火が見えない。
「ねぇ北野さん、足はまだ痛いよね?」
「うん、冷やしてるからさっきよりはマシになったけど」

「じゃあ、おんぶするから見える所に行こうよ」
「え、おんぶ?いやいや恥ずかしい恥ずかしい」
「大丈夫だよ、秘密の場所があってそこなら人は殆どいないから、恥ずかしくない」
「いや、それより今のここの場所」

「そうか、まぁ誰も見てないし、みんな花火見てるし」
「だけどさぁ」
「北野さんも花火見たいでしょ?せっかくならさ」
「うんそうだけど」
「なら、行こう」
そう言って北野さんをおぶった

「北野さん、意外と重いね」
「はぁ?うるさい!おろせおろせ」
「足痛いでしょ」
「うーん」

僕の背中に北野さんの体温と体重と匂いを感じた。胸の膨らみも背中に感じていた。全く意識は背中に向いていて僕は本当にスケベな男だ。

「ねぇ葛西くん、ここから坂道だけど、大丈夫?」
「心配しないでよ、こう見えても僕は男の子なので」
「そうか、なら安心だね」

とは言ったものの少ししんどいのも事実で、このまま北野さんを放り投げてしまいたい欲望と北野さんを背中全体で感じられる喜びで頭がゴチャゴチャしながらこの先の景色に北野さんはきっと喜んでくれるだろうと言う確信が勝ってしまい、踏ん張って坂道を歩く。

 10分程度歩いた。さすがに会話をする余裕は無くなっていて二人で祭りの喧騒から外れた坂道を歩く。

「ねぇ葛西くん」
「何?」
「葛西くんってさ、」
「うん」
「・・・服、いい匂いするよね。前々から思ってたんだけど柔軟剤?何使ってるの?」

「え?あぁよく知らないや」
「そう?ならお母さんに聞いておいてよ」
「うん、わかった」
またあたりは静かになり、花火の音だけが続く。

「ねぇ葛西くん」
「何?」
「新谷くんはどうしてるかな?ちゃんと部長と話せたかな?」
「どうだろう?って言うか新谷のこと詳しく教えてもらってないよ」

「うん、新谷くんは3月に辞めちゃってね、コントラバスは彼しかいなかったから、もうそこから調整するのが大変で、1年生が入ってくるとは言ってもね出来るかわからないし、コントラバスも入れたメンバーでコンクールを目指そうってなってたから突然辞められて大変だったの」
「あぁそうか、だから新入生に向けた演奏は出来なかったんだ」

「そうそう、準備も出来ないし、コントラバス抜いてやってもいいんじゃないかって話になったんだけど、『やっぱり無理だっ』て部長が言って、だから体育館では演奏が出来なかった」
「それでも北野さんは演奏したくてゲリラコンサートを開催したと」
「そうそう、それにね」
そこで僕は会話に夢中になってしまい躓いてしまった。

「うおっと!」
「キャ!」
何とか足を踏ん張って倒れないようにした。
その瞬間、北野さんの体重が僕の背中へ押し込むようにかかり、北野さんの顔が僕の顔の横まで来た。瞬間僕の鼻には彼女の匂いが充満して、このままでは壊れてしまうような気持ちになった。北野さんの吐息がすぐ耳元で聞こえる。彼女も焦ったのだろう荒い息遣い。

「あ、ぶねぇ・・・北野さん大丈夫?」
「うん大丈夫」
「ごめん。足元見てなかった」
「うん、大丈夫だよ」

一度おんぶの体勢を立て直し、再び歩き始める。心なしかさっきよりも後ろから回す北野さんの手に力が入ったようだった。

「ねぇ、葛西くん」
「何?」
「葛西くん、私をおんぶしてるけど、ドキドキしてない?」
「え?あ、いやぁしてないけど」

嘘だ。ずっとドキドキしっぱなしだ。だけどイヤらしい目で見ていた事がそれでバレてしまうと恥ずかしい。
「そう?私はドキドキしてる」
僕はもっとドキドキした。

「ごめん、嘘、ドキドキしてる」
「いやだぁ変態」
もう目的の場所に到着してしまう。今が永遠に続けばいいのに。

「あれ?葛西?」
「え?北野?」
声がする方を見た。見覚えのある顔がたくさん。

「え?あれ筒井達だよ」
「だね、浦野もいる」
「どう言う事?」
「そういえば、浦野にここの場所伝えてた」
「え?ちょっと待ってちょっと待って恥ずかしい恥ずかしい。降ろして降ろして」

「でももう見られちゃってるよ」
「降ろしてよ」
足をバタバタさせて蹴ってくる。
「わかったから痛いって」
北野さんを降ろした。

「足は?」
「もう大丈夫そう」
「え?そうなの?」
北野さんは足を少し庇いながらみんなのもとへ向かった。

「北野、足はもういいの?」
「うんもう大丈夫」
筒井さんと話を始めた。

「よう、葛西、おんぶってすげーな」
「やめてくれよ。ここに行くなら連絡してくれよな」
「したよ、したけど反応なかったじゃん」
急いで携帯電話を確認した。確かにメッセージがあった。

「おんぶして何話したんだよ?あんなに密着して」
「え?特に何も、言うなら新谷の事?」
「はぁあんな状態で新谷のこと?どうかしてるだろ?」
「そうかなぁ、で新谷は話してた?」
「話してた話してた、怒られて、謝ってた」
よかった。新谷と吹奏楽部との間のわだかまりが多少は無くなったのか。

「ただな」
「何よ?」
「あそこの2年生、星野さんって言うらしんだけど彼女はあまりいい顔してなかった」
「そう」
まだ新谷と吹奏楽部との確執は無くなりそうにない。

「そろそろ、後半戦始まる時間です」
北野さんの後輩の子が呼びかけた。僕たちは会話を止め一斉に空を見た。夜空に上がった大きな花は、光った後に体の中を震わせる音を放ち、僕たちを釘付けにした。

 これからも見る事が出来る花火だけれど、きっとこんなにたくさんの人達と見上げるのは今日この日だけだろうなと思った。
 花火は直ぐに散ってしまう儚い花だから見ている者を感傷的にさせるのか、それとも感傷的な僕達だから花火を儚い物と見てしまうのか、僕にはわからないがこの一瞬はとても美しい物だと感じた。

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