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クラマラス 11話 (長編小説)
放課後、今日は部室で練習。
この日のために持ってきたエレキギターは教室に置いておくのは恥ずかしいので朝にこっそり部室に置いていた。
ケースからギターを取り出す。
部室にあるアンプはマーシャル。
僕のギターはレスポールタイプのギター。
つないで音の感じを確かめる。いい音だ。
「葛西さん、そのギターどうしたんですか?ギブソンですよね?」
「買ったの?」
大原と浦野は驚いた顔をして尋ねてきた。
「これ父親のなんだ。父親も大学生の頃バンドやってたらしくて使ってたギターは綺麗に保存してたんだよね。それを受け継いだってわけ」
「へぇ、ならお父さんも演奏するんですね」
「もう弾いてはないけどね」
父親が大学生の頃にバンドをしていた、だけど今はやっていない。この事は特別不思議には思わないのだけどどうして父親はギターを大切に保存していて、そんなギターを僕に託してくれたんだろう?そんな事が頭をよぎった。
「合わせてみましょう」
「いいよ」
「1、2、3!」
カウントで曲が始まった。
二人とも良い。とても良いのだがやっぱりベースが欲しい。
演奏が一通り終わった。
「昴はもうちょっとアレンジ効かせようか?」
「そうですね、この編成ですからね」
「やっぱりベース欲しいですよね」
「欲しいね」
合わせた感想を言い合うが結局は『ベースが欲しい』になってしまう。
次の日僕たちは大原楽器に向かった。あの彼と接触するためである。
「いらっしゃい」
「今日は彼来てます?」
「今日もベースのところにいるよ」
僕たちは急いだ。逃げられてしまわないように後ろから浦野が、前からは僕と大原が向かう。姿が見えた後数メートル。
「どうも、こんにちは」
声をかけた。彼は驚いたようで後ろに逃げようとしたが浦野が
「こんにちは」
そう言って道を塞いだ。
「ここ最近、ベースを見てますよね?実は僕たちバンドをしてまして」
「すみません!」
彼はそう言って間をすり抜けようとした。ただそれはさせたくない。
「ベースの経験者ならとても良いけど、どこかでバンド組んでる?もちろんベースをこれから始めるでも構わないよ」
そう言いながら彼が行こうとするのを必死に止める。大原も後ろから援護してくれた。
大原が
「ベース好きなんですか?一緒にやりません?」
浦野も
「同じ学校なんだから練習もしやすいだろうし」
僕は
「一緒にバンドをやってくれたら嬉しい。何だかきっと上手くいくって気がする」
しかし彼が
「そんなこと言われても、僕にはベースをする資格なんてないしバンドも出来ません!」
店員さんが見かねて参戦する
「と言うことはベースはやったことあるのか?」
「・・・ありますけど・・・バンドは・・・組んだことないです」
「今、ちょうどスタジオ空いてるから入ってみな」
「え?何でですか?」
彼が驚いたように僕たちも驚く。
「なんかこの感じは音楽でしか解決しないように思う」
なるほど。僕たちは膝を打った。彼もその強引なはずの論に納得して4人でスタジオに入る。楽器はスタジオに置いてある物を使わせてもらう。
「とりあえずG / C / Dのスリーコードでやってみるから適当に入ってみて」
そう言って演奏が始まった。
僕がまずコードを弾く。リズムやテンポも決めて大原の方を見る。大原は理解したように頷き、ドラムを乗せる。この瞬間は最高だ。音が重なる。
次にキーボードが入る。浦野はタイミングが良い。僕たちは彼の方をみた。ベースを構える出で立ちに違和感は全くない。しかし顔は困惑していた。3人が顔を向けているのを見て彼は観念したように両手をそれぞれの場所に持っていく。
深呼吸しているのがわかる。
瞬間、低い音が鳴った。体の奥を震わせる低音が鳴り響いた。僕たちが奏でていた軽やかな3コードのリフレインにベースの音も重なる。
4つの音が1つになった時、浦野がまずはソロを弾いた。
慎重な音だ。この丁寧さが僕は好きだ。
その次は僕だ。感じたまま今の嬉しい気持ちを音に乗せてソロを弾く。
その間、ベースとドラムは互いに顔を見合わせて呼吸を合わせた。お互いが歩み寄って一番心地の良いところに落ち着く。
「一緒にしよう」
僕はその言葉しか出てこなかった。一瞬の沈黙の後、彼はゆっくりと頷く。
僕たちは4人組になった。何とも呆気ないのだが確かに確かめあって確信を持ったのだ。
次の日の朝、昨日の事を早く北野さんに伝えたい、早く来ないかなと思っていたがいつもの時間に会えなかった。
教室に入り僕は真っ先に筒井さんに話しかける。
「筒井さん、今日北野さん朝練来てた?」
「は!?驚いた。葛西が声かけてくるなんて珍しい。明日は雪でも降るのか?」
「いやいや、今、初夏。無いでしょ。で、どうなの?」
「あぁ来てたよ。今日はいつもより早く来てた」
「そうなんだ・・・」
「何?知らなかったの?」
「うん」
「へぇ・・・」
「わかった。ありがとう」
「今、忙しいからね、野球の応援もあるし、コンクールもあるし」
「そうだね、ありがとう」
「はいよ」
筒井さんは意外と気さくだった。何で北野さんは教えてくれなかったんだろう。
放課後はバンド練習。音楽室からは吹奏楽の演奏が聞こえる。
全体で合奏する。どうしても課題曲『虹の向こう』の第3楽章が合わない。ここは橋本のトランペット ソロがあるところだ。滝野先生の指導にも熱が入る。
「橋本さん、この第3楽章はこの曲の何を表現していると思う?」
「『迷い』から抜け出したって感じですか」
「そうです。虹の下で生まれたはずなのに迷って迷ってそれでも足掻き続きて来た結果手に入れた幸福。たどり着いた境地と言っても良いでしょう。一種の開放感がこのソロで十分に表現されているのです。橋本さんの音にはまだ迷いが見られます」
「はい」
「時間はまだあります。たくさん悩んでみてください。皆さんも同じです。それぞれにこの楽曲の意図していること。意味を考えてください。一音一音に意味があります」
「はい」
そうは言ったものの私達は戸惑っている。こんなにも楽曲を理解することに難しさがあるなんて、更に私にとってはあの橋本が、冷静沈着でどんなことにもブレない橋本が迷っているなんて想像もできなかった。
「橋本、明日から個人練付き合おうか?」
全体練習の後そう聞いた。
「いらない、私の心配をするより自分の心配をしなよ」
「何それ?私は橋本が悩んでいるみたいだったから、一人でするより誰かと一緒に練習した方がわかることもあるかもって」
「だからそれ余計なお世話。先生はみんなにも言ったでしょ『この楽曲への理解が足りない』って、私の心配してる余裕なんてないじゃない!」
後半、声を荒げながら言った。私はその通りだと了解して、何も言えなくなった。
部長の梅澤と副部長が慌てて間に入ってくれたおかげで私は橋本から離れて頭を冷やすことにした。橋本にも声をかけて宥めてくれた。
「橋本さんの悩み分かります」
そう声をかけてくれたのはオーボエの2年星野さんだった。
「そうなの?」
「私も第二楽章でソロを吹くんで」
「あぁ」
「橋本さんきっと期待に応えたいから必死になってるんじゃないですか?」
「そんなことは誰だってそうでしょ?」
「なら北野さんは橋本さんの気持ちが分かりますか?」
「・・・そんなのわからないよ」
「北野さんはこう言う時周りを納得させてしまう力のある音を出せますよね。去年から一緒に吹いてて常々思っていました。北野先輩はそうやって自分が悩む前に周りを納得させてしまう、それはある意味才能だと思います。だからこそ才能がない私たちには眩しいんですよ。北野先輩は」
「なんで?なんでそんな風に言われなきゃならないの?私だって悩んでるし、考えてるし橋本のことだって理解したいって思ってる」
そんな風に言われるのは悔しい。
「それはそうです。すみません言い過ぎました。私はこう言いましたが橋本先輩と北野先輩が二人で練習するのは有りだと思っていますから」
「・・・それはありがとう」
「すみませんでした。それでは失礼します」
星野さんは行ってしまった。私にとっては星野さんだって十分に才能がある。天才に思える人だ。私はただ音楽が好きだったからやってきただけで才能なんてない。
次の日も私はいつもより早めに家を出て練習した。確かに星野さんに言われた事も橋本の事もあるが、まずは自分がちゃんと出来る様にならなければいけない。十回吹いてもダメなら二十回吹かないと。
「あ、今日も早く来てる。北野・・・ちょっと北野、聞いてる?」
「あ、おはよ筒井」
「おはよ。って北野さぁ」
筒井の後ろに橋本が音楽室に入るのが見えた。
「ちょっとごめんね」
筒井に断りを入れて席を離れて橋本に近づく。明らかに警戒をしてる表情だった。
「橋本、昨日はごめん。橋本の気持ちを考えずに自分のことを押し付け過ぎた」
「いや、良いよ。こっちこそ、ごめん。でも少し一人で考えたいから」
「うん、大丈夫、良いよ」
「ありがとう」
この『虹の向こう』の第三楽章のトランペットのソロはこの楽曲の山場だ。祝福されて生まれて来たはずの主人公が、成長していくにつれ世界が広くなっていくにつれ、なんて事のないただの一人の人間ということを痛感して迷い、悩み、時に自分も他人も傷つけながら幸せを求めていく話だ。
第二楽章のオーボエのソロをきっかけにして第三楽章のトランペットのソロで一気に明るくなり、クライマックスまで雪崩れ込むドラマチックな楽曲だ。私たちはきっと悩みや迷いの中にいて、先生の言った『たどり着いた幸せ』をまだ手にできていない、だから音に出来ないのだ。
橋本はそんな世界を一人で泳いでいる。私に何が出来るのだろうか。彼女に寄り添ってもきっとそれは負担でしかない。だから私は私の出来ることをする。何度も吹いてやる理解してやる、絶対に。
期末試験が終わり少しして夏休みに入った。
私にとっては吹奏楽部最後の夏だ。
明日からの練習に気合を入れて臨まなければならない。
「明日からの練習スケジュールを配ります」
部長が出したスケジュール表をみんなで回す。全員に配布が完了したことを確認して部長が口を開いた。
「明日からはコンクールに向けての練習が始まります。丸一日練習をします。気を引き締めてください。ですが体調管理もみんなの大事な仕事です。水分補給をしっかりとし、日陰での練習をしてください」
事務的なことだ。
「えっと、これで伝えることは終わり、ですが私から・・・私たちにとっては最後の夏です。1、2年にとっては次の年のステップの年です。何が何でも今日の自分よりコンクール当日の自分の方がいいと思えるように有意義な時間にしましょう。私はこの間のA部門に出場するってみんなで決めたあの日から今・・・なんかね、金賞を取りたいなって、金賞じゃなきゃ嫌だなってそう思っている。どうかな?」
みんな呆気に取られていたが次第に拍手がちらほらと、そして大きな拍手になっていった。
「私の野望です。何としても金賞とりたいです。だから頑張りましょう」
拍手は続く。みんなそう思っていたのかもしれない。ただ痴がましいと思っていたのだろう。私たちはトップを目指すんだ。
話は顧問の滝野先生に代わった。
「今日は練習の時間を今から1時間とします。全体練習は無し。1時間パート練をして時間になったら帰ってください。今日は短縮して明日からの練習に備えましょう」
みんなの『はい』が弾んでいた。今日は早く終わるのか。河原で吹こうかな。
今日は修了式だったのでバンドの練習は休みにした。明日から軽音部の部室を使える時間が長く取れる。夏休みに学校行くことがあるなんてこれまで僕の人生において登校日ぐらいしか思いつかない。何だか初めてのことでワクワクする。
河原には北野さんがいた。トランペットの音がする何だか久しぶりだ。
「あ!葛西くん。久しぶりー」
「練習?」
「うん、そう、今日は部活休みなんだよね。明日から集中練習始まるから今日は英気を養えって」
「ふぅん、なら今日は休んでいないと」
「そうも言ってられないよ、もうすぐコンクールなんだから」
「筒井さんから聞いたよ、大変みたいだね」
「うん、でもがんばらなきゃ」
「そうか、じゃあ頑張ってね」
「え?今日ギターは?」
「練習頑張ってるなら邪魔しちゃ悪いでしょ」
「筒井からは何を聞いたの?」
筒井さんからは断片的に北野さんが同じトランペットの人とうまくいっていないことを教えてもらっていた。
「筒井そんなこと言ってたの?そんなに大問題じゃないよ。ただ悩んでいる人にどう声をかけてあげれば良いのかわからないだけ」
「そうなんだ、その友達はどんなことに悩んでいるの?」
北野さんから今までのことを教えてもらった。
「そんなことがあったんだね。でも北野さんが出来ることは今まで通りでいることだと思う。気持ちが張っている時はどんなこと言ってもプレッシャーになるんじゃないかな?だったら今まで通り一緒に練習してお互いを高めあいながらが良いと思うよ」
「そんなことで良いのかな?だって私は同じパートだよ?」
「僕は北野さんのトランペットの音を聞いたからこうやってバンドを組んで音楽が出来るようになったんだよ。それって北野さんは僕に対して特別に何かした?」
「・・・いや」
「じゃあそういうことだね」
北野さんの表情が少し穏やかになった。
「ねぇ一回聞いてみて」
「良いよ、何回でも」
そう言い合って北野さんはトランペットを吹いた。初めに聞いた時と同じような明るい音、弾む音、聞いてるこっちも嬉しくなるような音が響く。それに合わせて今は力強さもある。目を閉じて音を聞いた。