クラマラス 7話 (長編小説)
それからは試験勉強の毎日だった。
あの日帰り道で「明日から早く学校に行くんでしょ?」と言われた。そのつもりだったから「うん」と答えると「私も行くよ」と言っていた。朝練は無いのにと思っていたが、「勉強を教えなさい」と言われた。それから僕達は朝一緒に登校するようになった。
数日後浦野くんがそこに参加した。3人で登校する朝は今までと違う穏やかな気持ちだった。試験期間も終わり、晴れて部活動が出来るようになった日。北野さんは今までで1番のテストの成績だったと自慢していた。凄いことだ。僕も良い点数をとることが出来ていた。だけれど僕には1つやることがある。
「浦野くん先に軽音部の部室に行って大原くんを捕まえておいてくれない?」
「うん、わかった。行ってくる」
僕は村井先生に謝らなくてはならない。
職員室を訪問する、ここは苦手だ空気感が違う。別に怒られにきたわけではないのに緊張する。ノックをして扉を開け「失礼します」と挨拶をする。職員室に入るときにはやらなければならない事だ。
「すみません、村井先生はいますか?」
入り口付近には滝野先生が立っていた。
「あ、葛西くんよね?」
「はい、そうですけど・・・」
滝野先生は小柄で美人だったので学校中の男子には有名だったが、僕の事は知らないはずだ。怪訝な表情で見ているのを察したのか
「ごめんごめん、北野さんから話を聞いていてね、私も葛西くんにはお礼が言いたいと思っていて」
何を聞いたんだ?なぜお礼を?
「どう言う事です?」
「そんなに疑い深く見ないでよ。吹奏楽部のコンクールのことで、北野さんと他の部員が意見の違いで対立してね、北野さん落ち込んでいたんだけどね、葛西くんのおかげで持ち直してテストも良かったって言ってるし、部員のみんなにもう一度話してみるって元気になってくれたのよ」
「そうだったんですか。あ!コンクールの方はどうなったんですか?」
「うん、みんなもね試験期間中考えてくれていたようで、みんなでA部門に挑戦してみようって」
「そうですか」
「私も嬉しいのよ、自分たちでどうするか決めてそれに向かって今、頑張ってる。それはきっと葛西くんが北野さんと話をしてくれたからなんだよ」
「いえ、僕は何もしてないんですよ」
「そうね、そうね」
そう言って滝野先生は笑った。きれいな顔に笑顔の花が咲いたことでさらに綺麗に見えた。
「あの、それで村井先生は?」
「あ、ごめんなさい、呼んでくるわね」
そう言って職員室の奥に消えていった。少し待ち村井先生が出てきた。
「おう、どうした?」
村井先生はテスト期間中も担任なのでホームルームの時間は来る。特に接し方については普段と変わらずにいてくれた。それはありがたい。
「村井先生、僕、謝りたくて。この間は先生の気持ちを考えないで悪口みたいに言ってしまって・・・すみませんでした」
一瞬沈黙が襲ったが
「そんな事はいいんだ。先生も葛西の気持ちを汲めていなかった。教師として失格だと痛感したよ。本当にすまなかった」
「いえ、すみません」
また沈黙
「そういえば、浦野くんとは一緒にバンドをすることに決めました」
「そうなのか!」
村井先生の顔がみるみる明るくなっていく。こう言うわかりやすいところが人気の1つなのだろう。
「良かった、良かった、遂に葛西も本格的に始動だな」
「何すかそれ?今までが眠っていたみたいじゃないですか」
「そうだったろ?」
2人で笑った。これで村井先生に謝らなければならない事は終わった。
始動。確かにその通りだ。僕は気分の良いまま職員室を後にし、軽音楽部の部室に赴いた。
部室には大原くんと浦野くんが待っていた。そしてそこにもう1人、軽音部の人がいた。同じ三年の衛藤。部長だ。重苦しい空気が漂っている。
衛藤は顔を硬らせてこちらを見ていた。僕が浦野くんと大原くんの近くに移動したことを見届けると
「大原が話があるって聞いたけど何?」
ちょっと鋭い声がした。大原くんが先に話だす。
「はい、実はこの2人が入部をしたいと言っています」
僕らは身構えた。怒声を浴びさせられるのか。緊張した時間が流れた。
「あ、そう、なら一応入部届書いといてね」
肩透かしを喰らった。「何を今更」ぐらい言われると思っていたが。
「大原はこの2人とバンドを組むことを決めたの?」
「はいそうしようと、それしかないと思います」
「なるほどなぁ遂に大原がバンドを組むのか、あんなにいろんなバンドを『合わない』って言って参加しなかったのにな。それほどこの2人は合ったってことか?」
「そうです。葛西さんとなら良い音楽ができます」
「『出来ます』か。OK!部室の使い方と練習できる時間を教えておくな」
そう言って衛藤は色々と教えてくれた。部室は練習が終わったら元通りに片付けること、食べ物の持ち込みはだめ。飲み物はいいがアンプなどの電気を使うものの近くに置かないなどなど。色々と教えてくれた。
「あとは、基本的には部員以外を部室に入れない」
「基本的には?」
ちょっと気になった。
「そうそう、まぁそんなに気にしなくていいだけど、溜まり場にはしたくないからね、音楽的なゲストを迎えるって感じなら全然OK。今日だって2人はまだ部員じゃないけど部室に入ってるだろ?」
なるほど。より良く使うためのルールか。
「それと部室の順番。一応今お前ら含めて4バンドいることになるから2日に1回1時間15分で準備片付け込みな」
「え、それだけ?」
驚いた、それだけしか時間がないのか。
「まぁ、周りを気にせず音が出せるのがここだけだからな。今年はお前らが入って4バンドになったけど、去年は2バンドしかいなかったし、この学校はそんなに軽音部盛んじゃないからなぁ・・・あ、でも裏技」
いたずらっぽく笑う。そんな衛藤とは上手くやれそうだ。
「学校に申請して先生から許可が下りればどっかの教室でも出来るぜ。ただ、大きな音は出せないからドラムセットなんかは難しいけどな、意外とみんなそうやってこの部屋で練習する以外の時間はしてるよ」
「なるほど、それはそれで楽しそうだ」
浦野くんは嬉しそうだ。
「まぁ後はお金があればスタジオに入って練習っていうのが一番機材もしっかりしてるし良いとは思うよ、ただ、金がかかるからねぇ。部費からは出ないよ」
衛藤は部長として偉い。ちゃんと考えてくれている。
「わかったありがとう。ちゃんと決まりを守って練習するよ」
「ロックやるバンドが『決まりを守って』なんてねぇ」
そう言って衛藤は笑った。本当にその通りだな、僕らも笑った。
晴れてバンドを結成した。僕らは部室の隣の空き部屋で話をしていた。この部屋は共有スペースみたいなところになっていて、文化部の人たちが色々と出入りしている。ただ隣が軽音部なのでうるさいのが欠点だ。
「で、バンド名はどうする?」
「そうか、バンド名ね」
「それより3人でするの?ベース入れたほうがいいんじゃない」
「どんな曲をします?激し目のやつやりたいんですけど」
「曲はコピー?それとも、もういきなりオリジナル?作るなら葛西くんだよね」
「そうだな、まずコピーから行ってみようか」
などなどいろんなことを3人で話し合ったをしたが話し合うだけで下校時間が来てしまった。まずはもう1人ベースを入れようと言うことで今日の部活動は終えることにした。帰る準備をして所、練習を終えた衛藤たちがやってきた。
「まだ、いたんだ」
そう言って衛藤は驚いていた。確かに話し合いだけでこんな時間になるとは。
「そうだ、さっき伝え忘れてことがあったんだ。ちょうどいいや。部室に自分の楽器や機材を置いておいてもいいけど、自己責任でお願いな」
「はぁい」
3人で声を揃えて返事をした。
「シンクロかよ、じゃぁお疲れ」
「お疲れ」
そう言って1日が終わった。