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お彼岸(短編小説)(ショートショート)
「ねぇお父さん、リンゴジュース飲んでいい?」
「え?え〜と・・・純、歯磨いたよね?」
「うん、でも飲みたいの・・・だめ?」
3歳になる僕の娘の純はあざとい。『だめ?』の言い方上目遣い、一体どこで覚えてきたんだ。
しかし、ここは父親としてダメだと伝えなければならない。
「純、言ったよね?歯を磨いた後は飲んじゃダメだって。だからダメです」
純は悲しい顔をして一言も発さず反抗もせずに後を振り向き帰ってしまった。僕は心にモヤがかかったようになり『悪いことをした』と『教育なんだ』という二つの思いに苛まれた。
「正しくなかったかなぁ・・・」
そう呟く。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「そんなことがあったんです・・・」
僕は佑美の実家に来ていた。今日は佑美の初お彼岸で僕は佑美の実家に純と一緒に来ていた。リビングの丸テーブルに座り佑美の姉夫婦と話をしている。
「そうなの?で純ちゃんは?」
「はい、確かに落ち込んでいると思いますが今日は『おばあちゃんの家に行ける、嬉しい』って言って切り替えてはいるようです」
「そうか、今も純ちゃんお義母さんと一緒にいるもんなぁ、でも佑美さんが亡くなって男手一つでどうなることかと思ったけどちゃんとやってるようで良かったよ」
「う〜んどうなんでしょうか・・・未来さん何かアドバイスありますか?」
未来さんは佑美の姉にあたる。未来さんと正さんの夫婦は純にとっては『叔母』『叔父』だ。未来さんは保育士をしていて『子育てに困ったことがあったら相談してよ』と言われていた。
「そうねぇ、まずルールを明確にしましょう」
「明確ですか」
「そう、歯を磨いたら飲んではいけないというのは何故?」
「え?え〜とそのまま寝たら虫歯になるからですかね」
「まぁ飲んでももう一度磨けばいいじゃない?とも思うけどそれは純ちゃんがもうちょっと大きくなってからでいいと思うから今は突っ込まない」
「はい・・・すみません・・・」
「で、飲みたいと言った時に『何故飲んじゃダメなのか』を伝えないといけない。そしてここからが重要だけど、完全にその意見を潰してしまわないようにしてあげてほしい」
「意見を潰す?」
「そう、3歳児だって立派な1人の人間。自分の気持ちが受け入れられなかったらそれは辛いし悲しいことよ」
僕は何も応答ができなかった。『立派な1人の人間』その言葉に僕が純のことを自分より下の存在だと思ってしまっていたことに気づかされた。
「今は飲んではダメだけど・・・例えば明日の朝はいつもよりちょっと多めに飲んじゃおうか?とかむしろ純ちゃんに明日純ちゃんがリンゴジュースを飲む時間を決められるようにするとか、そこに時計を持ち出せば時計や時間に興味を持つかもしれない。タイムスケジュールを組んでいくことがこの先容易になるかもしれない」
「な、なるほど・・・」
「重要なのは受け入れることと共感。飲みたい気持ちを受け入れてあげて」
全く関心だ。やはりプロは違う。僕なんかが純のことを1人で見ようなんて烏滸がましいのか。
「でもこれはあくまでも一例で保育士として一般的な見方でのこと。そこには純ちゃんとの関係性はないから後はパパと純ちゃんの関係性で決めなきゃいけないと思うわ」
「ありがとうございます。すごく参考になりました」
心のモヤが晴れた気がした。
「みんな!そろそろ行きましょうか?」
佑美のお母さん、純から見ればおばあさんが声をかける。
佑美の実家から佑美の墓までは車で10分程度移動する。未来さん正さん夫婦の車と僕と純、お義母さんの3人が乗った車の2台で移動する。純は後部座席で祖母と楽しそうに遊んでいる。
佑美の墓の前まで来た。佑美の家族の皆さんはそれぞれ手を合わせているのだけれど僕はまだどうしても『佑美』の字が彫られているを見ると胸が締め付けられてしまう。
それでも手を合わせる。
静かに静かに手を合わせる。
締め付けられる胸の痛みに我慢をしながら手を合わせる。僕にはそれしかできない佑美はこの下にいないのではないか?家に帰ったら何事も無かったように僕たち2人を迎えてくれるのではないか?そんな風に思ってしまう。佑美はここにはいない。
純に目をやる。見様見真似で手を合わせて目を瞑る。純にはわかっているのかわからない。
「じゃあ俺たち先に行くから」
そう言って未来さん正さんはお義母さんを連れて先に戻って行った。残された僕たちはもう一度佑美の墓の前に立つ。
「お父さん」
「ん?なに?」
そう言って僕は純の目線までしゃがんだ。純の少し後に僕はいる。
「お母さんはここにいるの?」
少し強張ったようなそれでいて不思議そうな声で僕に尋ねてきた。締め付けられていた胸をさらにきつく縛るように紐が巻かれる。
「うん・・・ここにいる・・・いない!ここには・・・」
「・・・お父さん、お母さんにリンゴジュース飲むの我慢したの言いたい・・・」
俯きながら肩を振るわせそれでも泣くのを我慢している純の姿が儚く、その小さな身体にどれだけの悲しみを詰め込んでいるのか僕にはわからない。
僕は純を抱きしめた。
「うん、そうだな純が頑張っている姿伝えたいよな。でも伝えられないよな・・・」
僕も泣くのを我慢をした。
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お彼岸のお墓参りから家に帰る途中僕は純に話をしてみた。
「純ちゃん、この間はごめん。リンゴジュース飲んじゃダメって言って」
「う〜ん・・・忘れちゃった!」
あぁこの子のあざとさはもしかすると自分の寂しさを隠すためなのかも知れない。
「ダメは言い過ぎだった。だから今度はちゃんとお話しして2人で決めていこう。一番良い方法があるはずだから」
僕は純と一緒に生きていく。その中でお互いが譲れないことも出てくるだろう。そんな時に2人が納得できる1番を決めていこう。そんな決意を僕は持った。
「・・・ぐー・・・・すぅー」
「え?寝てる・・・」
朝も早かったし昨日の夜は興奮してたし、お義母さんとずっと遊んでたし外は暑かったし、そりゃ疲れて寝るか・・・にしても突然だな!そう思うと笑えてきた。
眠る純をルームミラーから覗きそのまま窓に少し目をやる。道端には彼岸花が一列に咲いている。緑の中に一直線に並ぶ彼岸花の列を見ながら僕は『佑美の好きな赤色だな』と思わず呟いた。