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夜の自販機(短編小説)(ショートショート)

「ねぇ、こんなに明るくする必要ある?」
「ない」
「だよなぁ。だってもう夜だぜ」
「そうだな」
「誰が買うのよ?」
「知らないよ」
「昼はいいね、汗をダラダラ流しながらボタンを押して買っていく」
「倒れてしまうからな」
「やっぱり、炭酸が人気だな!」
「あぁよく買われているな」
「あ、来た。夜のお客さん」
「あぁだがあれは・・・」

「やぁ、今日も来たよ」
「来たね。今日はどこに行ってたんだい?」
「今日は、たくさん緑があるところで、先にひっついて食べたり、風に吹かれてゆらゆら揺れたりして、今日という日を楽しんだよ」
「へぇ!いいな!俺たちはここから動けないから、君みたいに自由なのは憧れるよ」
「そうかい?僕にとっては君たちのようにいつでも明るい部屋の中にいられてそっちの方が羨ましいよ。だって僕たちはいつ蹴飛ばされるかわからないし、空高くから飛んで来る怖いものから逃げなくてはいけないんだよ」
「そんなに危ないのか?」
「そうだよ」
「でも、俺はそれでも自由というものを一度は味わってみたいさ」

「まぁ、持つ者と持たざる者の無いものねだりだな」
「え!突然びっくりしたなぁ」
「そうですよ、僕もびっくりしました!」

「お前は今日も何も買っていかないのか?ただ窓に張り付いて喋ってるだけでは信用がないんだ」
「なんすかそれ?」
「そうだよ、彼は人間じゃないんだから」
「そうそう、ただのしがないバッタなもんで」
「バッタだって水分は摂るだろう?」
「摂るにしても、そこに入ってる水分は僕たちには合わないですよ」
「そうなの?」
「そうっす、それにそれだけの大きさ飲めないですよ」
「まぁそうだろうな、私たちより、君は小さいしな」
「そうです、そうです。でも信用が無いなんて悲しいこと言わないでくださいよ」
「そう、バッタの言うとおり、自分に得がないと信用されないんですか?俺にとってバッタはいつもこうやって夜にやってきてくれて俺たちと話をしてくれるじゃん。それだけで俺は信用するね。信用ってそういうものじゃ無い?」

「・・・そうかもな、バッタ。悪かった」
「いいですよ。バッタのことを信用してくれるなんてなかなかいないですから」
「そうなの?」
「そうですよ、だって、僕たちは緑の中で休んでいただけですよ。なのに人間がやってきてビックリして僕たち逃げたら『きゃー!』って悲鳴をあげるんですよ。悲鳴を上げたいのはこっちですよ・・・悲鳴だけならまだいいですよ。小さい人間は僕たちを見つけたら長くて恐ろしい物を使って仲間を攫っていくんです。その仲間はもう2度と戻ってこないって・・・」
「それは酷いな」
「えぇ、だから捕まらないように逃げないといけない」

「そうなのか、私たちは人間にボタンを押されることを望んでいるんだ。それが私たちの生きている意味なんだ」
「生き方が違えばこんなにも違うんですね」
「ああ、そうだな」
「ちょっと!バッタくん人間が来た!」
「え!ごめん、今日はこの辺で!」

「あぁ、また来い」
「ありがとう!」
「またな〜」


『はぁ喉乾いたぁ・・・えっと。これにしよ』

「じゃあな」
「はいはい、お元気で」


ガチャンと音を立てて、自販機の取り出し口に『乳酸菌飲料』が落ちた。

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