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商店街①(短編小説)(ショートショート)

「暑いなぁ」

今日も一言目はそんな言葉。すっかり暑さに負けてベッドから放られた枕とタオルケットが無惨に床に横たわっている。私しかいないベッドの上で胸元が汗で濡れきったTシャツの気持ち悪さに苛立ちながら髪をかきむしる。

汗を流したくて風呂場へ向かおうと床に落ちた枕を踏んづけて階段を降りる。

「ちょっと、いくら夏休みだからっていつまで寝てたのよ」

母親だ、全くうるさい。

「あのね、そんないかにも母親みたいなこと言わないでよ」
「は?それが嫌なら早く起きてきなさいよ」
「あのね、早く起きてもやることないでしょうよ」
「は?勉強しなさいよ勉強」
「あのね!やってるよ」
「はいはい」
「あ〜もう!シャワー!」

私は風呂場に向かう。母親と話をするといつもこうだ『早くしなさい』『勉強しなさい』『ご飯食べなさい』全くなんだというんだ。

「朝ごはんは!?」

はぁ・・・

「置いといて!」

シャワーを浴びて私はリビングへ向かう。サッパリした体にエアコンの風は爽やかさを更に増強する。

「朝ごはん早く食べちゃいなさい。あ、もう昼ごはんねぇ」
「嫌味ったらしいなぁ」

「でもそうでしょ」
「・・・はい、そうです」

「今日の予定は?」
「う〜ん。特に・・・」
「特に無いの?はぁ高校2年生でしょ?夏休みでしょ?部活に行ったり学校で勉強したり友達と遊んだり、彼氏とデートしたりあるでしょ?」
「あ〜確かに、でも残念ながら私は部活してないし、学校に行って勉強しなきゃいけないほど勉強遅れてないし、友達はいるけどみんな部活やバイトだし、彼氏なんて今はいらないし・・・」
「まぁ屁理屈を」
「いやいや、屁理屈じゃないでしょ」

時々母親は言葉を間違えることがある。まぁこちらが訂正しても絶対に受け入れないけど・・・

「なら今日は私に付き合いなさい」
「はぁ?なんでよ」
「なんでもよ。暇なんでしょ?」
「・・・あ〜そういえば友達が」
「はい、嘘」

バレバレだ。

「いや、無理だよ。暑いもん」
「当たり前でしょ夏なんだから」

母はたまに正論を直球で放ってくるから従うしかなくなる。

「わかったよ・・・」
「なら早く準備しなさい」
「へいへい」

母親と出かけるなんてここ最近なかったと思う。多分高校生になってからは一度もない。まぁたまにはいいかなと思う。
私は部屋に戻り髪を乾かし適当な服を着て下に降りる。

「あんた、化粧ぐらいしたら?」
「へ?いいでしょ別に。元がいいんだから」
「・・・呆れた」

何を勝手に呆れてくれてんだ?腹がたつ。

「で、どこにいくの?」

「商店街」

商店街?めちゃくちゃ久しぶりだ。


「暑、暑、暑い!」
「真衣、うるさい。暑いのは当然でしょ」

商店街まではそこまで遠くはなく、両親は商店街が近いからという理由で今の場所に家を買ったらしい。しかし家が建ったすぐ後に全国展開しているなんでも揃うスーパーができ、電車で2駅行ったところの駅前に大きいショッピングセンターも出来て私のようなアフターショッピングセンター世代は当たり前にそっちに行き商店街なんて見向きもしなくなっている。

近いとは言っても炎天下の真夏に歩いて移動はきつい。それは『暑い』と声に出したくもなる。

「で、商店街のどこにいくのよ?」
「う〜ん、どうしようか?」
「は?」

この人は何も決めていなかったのか?

商店街の入り口は頭上に大きな看板が付いていて黄色や赤や青の派手な色使いで『本通り商店街』と書かれている。派手な色で目を引きたい気持ちはわかるが、もはや近くで見ると所々色が禿げていたり、雨の降った後の線状の汚れが目立つ。はっきり言って『廃れた場所』とAIに画像生成してもらうと今まさに私がみているものが作られそうなそんな廃れさがある。・・・ん?『廃れさ』?そんな言葉あるのか?

そんなことを見上げながら考えていると気付けば母親はぐんぐん商店街の中に入って行った。

「ちょっと!待ってよ」
「置いていくよ」
「いやいや連れてきたの貴方ですよね?」
「私は提案しただけ、付いてきたのは真衣ですよね」

こいつ・・・

「お〜伊藤さん!今日は娘さんと?」

突然謎のおじさんが母に声を掛けてきた。

「えぇそうなんです」
「珍しいねぇ」
「そう、なんか暇みたいで」
「ちょっと!お母さん!」
「真衣ほら挨拶しなさい」
「・・・あ、こんにちは」
「はい、こんにちは。ゆっくりしていってね」

ゆっくりはしたくないのだ、この暑さなのだ早く帰りたい。で、このおじさんは誰だ?私の疑問が解決しないままそのおじさんは足早に去って行ってしまった。

「ねぇ?お母さん、あのおじさん誰?」
「え?・・・知らない。でも色々教えてくれるのよ」

知らないって・・・

「何を?」
「今日はここの店が安いとか、今日野菜はあっちの八百屋が安いとか・・・まぁ大体安いものを教えてくれるわね」
「長老みたいな人?」
「長老って!変なことを言うわね真衣は」

心なしか上機嫌に感じる母親の反応に疑問を抱きながら辺りを見回してみるとそこかしこであばさん同士、おじさん同士、おばさんとおじさん。おばさん集団が話をしている。みんな『どこそこが安い』みたいな話をしているのか?

なぜだかわからないが私は少し商店街に興味を持った。

 


〜続く〜



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