雨が降っている (短編小説)(ショートショート)
「いや、雨降ってますよ?」
「うん、そうだね」
そう言って川内先輩は雨が降る空を見上げる。
「前見ないと危ないですよ」
「大丈夫見えてるから」
そう言って川内先輩は私の隣を歩いている。
「濡れちゃいますよ?」
「うん、濡れちゃうね」
そう言って川内先輩は腕を伸ばし裾についた雨模様を見る。
「傘、入ります?」
「いや、大丈夫」
そう言って川内先輩は私の提案を拒絶する。
「そうだ、佐々木、午後の企画会議の準備はどう?」
「はい、それはもう昨日寝ずに資料作ったんでバッチリです。今日こそは決まると良いなぁ」
「それはわかんない」
「ですよねぇ・・・そうだ先輩、傘、入ります?」
「・・・」
何も言わず川内先輩は私に一瞥をくれる。
「風邪ひいちゃいますよ?」
「風邪引くかもねぇ」
そう言って川内先輩は手のひらをおでこに当てる。
「心配ですよ、先輩が風邪ひいたら私困ります」
「そうだね佐々木、でも大丈夫。代わりなんていくらでもいるから」
そういう川内先輩は何故か自信に溢れている表情をしている。
「いや、そんなこと自信満々に言わないでくださいよ」
「でも、確かにそうでしょ?私の代わりなんていくらでもいるんだから」
「そんなことないですよ。私にとって川内先輩は唯一無二です」
「ありがたいことを言ってくれるねぇ」
「はい」
私はそう言った後から自信が無くなった。誰しも『唯一無二』になりたいと思って生きているのに本当は代わりなんていくらでもいる。その『事実かもしれないこと』に私は足元を掬われそうになる。
「今日は何買う予定?」
「あ、はい、今日はスマホのコンビニクーポンで幕の内弁当が40円引きなんですよ、だから私はそれを買います」
「へぇ、いいね」
「先輩は何買うんですか?」
「なんだっていいよ」
そう言って川内先輩は目の前のコンビニの方向へ目を向ける。
「で、結局何買ったの?」
「はい、幕の内弁当売り切れてたんで、スパゲティサラダにしました。最近ダイエットしてるんですよ、私」
「ほらね」
「え?なんですか?」
「結局なんでも良かったんだよ」
「え?」
「幕の内弁当が値引きされるからと言っても、そもそもスパゲティサラダの方が安いしおまけにダイエットしているなんて、そもそも幕の内弁当なんていらなかったんじゃん」
「いや、幕の内弁当が売ってたら買ってましたよ」
「なら、もうちょっと行ったとこにもう一軒あるんだからそっちも行ってみれば良かったじゃん」
「そこまで先輩についてきてもらうのは申し訳ないし、それにそこまで食べたいわけじゃ・・・」
「ね、結局なんでも良いんだよ」
「もう、そうですよ!なんでも良いですよ」
そう言った後、川内先輩は勝ち誇ったような表情になった。
「代わりなんていくらでもいるのさ」
あ、
「『代わりがいる』と言うことは自分が『1人でなんとしても頑張らなきゃいけない』って言う思い込みからも解放される」
「え?それって・・・」
「佐々木、最近1人でこん詰めすぎ」
「あ」
「確かに佐々木は頑張ってるけど佐々木が休んでもなんとかなるようにしないといけないのよ」
「先輩、それを身をもって説明するために、あえて雨に濡れて」
「ん?あぁ『傘を差さずに踊る人がいてもいい。それが自由というものだ』ってね」
そう言って右腕を大きく挙げ人差し指を天に向けてポーズをとる川内先輩に呆気を取られた。
「なんかで聞いた事があるんだよね、なんだったかは忘れたけど、妙に言葉が心に残ってね」
「あぁそうなんですね。あの・・・先輩?手を下ろしてください。恥ずかしいです」
「自由なのだよ、佐々木」
「自由なのは良いですから、手を下ろしてください」
「自由だから良いのだよ佐々木」
「うん、はい、自由なのは良いですから、手を・・・」
私が最後まで言う間もなく傘に当たる雨音は大きくなり、自分でも自分の声が聞き取れなかった。
右腕を大きく挙げ天に人差し指を突きつける川内先輩がみるみる濡れていく。
「先輩、傘、入ります?」
「・・・流石にね・・・」
私たちは薄い緑色の傘の中並んで職場に戻る。