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クラマラス 22話 (長編小説)
ついにこの日が来た。みんなで「ああでもない」「こうでもない」と言いながら1時間のセットリスト組み上げて1週間。練習に練習を重ねてこの日が来た。
土曜日のライブは開場18:00からだが、リハーサルがあるので僕らは17:0にライブハウスにきた。大原の父親が車を出してくれて機材を運ばせてもらう。
「じゃあ6時半になったら見に来るからしっかり頼むぜ」
と言い残して大原父は去っていった。それと入れ違いに谷岡さんがやってくる。
「いやぁさっき大原さんに会ったぜ、今日はよろしく」
「よろしくお願いします!」
「さ、入って入って」
谷岡さんに促されるままに店に入る。マスターは今はいないようだがセッティングをするようにと谷岡さんが言ってくれた。
「うちのメンバーはもうちょっと後で来るから、それまで使い方の説明をしながらセッティングをしておこう」
そう言いながら僕たちは店のステージや機材の使い方を一通りレクチャーしてもらった。部室やスタジオの使い方を知っているので大体は同じ、手際良くリハーサルを始める段階に持っていけた。
その頃にはもうマスターが帰ってきていて『PA』という音響を調整する機械を動かしてくれた。僕たちは音を出してバランスを見る。変なところがあればマスターに伝えて良くしてもらう。
「ちょっと、ボーカルの音を上げてもらっていいですか?」
「バスドラムを下げてもらっていいですか?」
というふうにライブハウスでのベストの音を作っていく。リハーサルをしていると谷岡さんのバンドメンバーが揃ってやって来た。
軽く挨拶を交わし、リハーサルを交代する。
「なんか本物のライブっぽいなぁ」
「いや、本物」
浦野は何を言ってるのか。しかし気持ちはわからなくはない。なぜ僕たちは今ライブハウスでリハーサルして音をチェックしているのだろう。現実なのに非現実的だ。
「今日はよろしくね」
OGRのメンバーが舞台から降りてきて、僕たちに声を掛けてくれた。
「ギターの森内です」
「はい!よろしくお願いします」
「君たち、高校生?若いよねぇ。いいよねぇ。その元気さで盛り上げてくれよ」
「はい!」
18:00もうすぐで葛西くんのライブが始まる。私は駅前で筒井と山下と新庄くんが来るのを待っている。ほどなく新庄くんがやって来た。
「よ!待った?」
「全然、まだ集合時間じゃないもん」
「そうか確かに、20分あれば着くんだっけ?」
「そうそう、一度店の前まで行ってみたから正確だよ」
「それって葛西と一緒に行ったの?」
「いや、休みの日にちょっと下見に」
「ほんと北野さんってさぁ」
「ん?何?」
「ごめん!待った?」
駅の入り口の方から筒井の声が聞こえた。
「いや、待ってないよ、集合時間までまだでしょ」
「確かに」
「そう言えば新庄くんさっきの続き何?」
「あぁいいよいいよ」
「そう?」
私たちは学校の話や葛西くんのことを話しながら山下を待った。
「ごめんなさい!待ちました?」
「ギリギリだね」
「でも待ち合わせ時間は守っているから大丈夫」
「よかったぁありがとうございます」
そうして私たちはライブハウスに向かった。
「いらっしゃいませー」
お店に入ると女の人が受付をしてくれた。
「4人です」
「あ、葛西くんたちのお友達?」
「はいそうです!」
「今日はありがとうございます。楽しんでね」
「はい!」
その人は店長さんと同じ服を着ていたので多分奥さんなんだろう。物腰の軽い感じの笑顔の素敵な人だった。
「なんかいいよね、この雰囲気」
「うん。別世界に来たみたい」
「あ、先生たち」
「え?あぁほんとだ」
ライブハウスはすでに薄暗く。決して広いとは言えない会場にはもうすでにたくさんの人たちが入っていて私たちに座る場所は無かった。いろんな声や食べ物の匂いが充満している店内で私たちは少し居心地の悪さから不安な気持ちになった。
「それじゃあ始めようか」
店長さんらしき人の声が聞こえ、すでに薄暗くなっていた店内の明かりが更に落とされ逆にステージに明かりが灯る。お客さんの盛大な拍手の中、ステージに入ってきたのは私のよく知る人物。照れ笑いを浮かべながらステージの中央へ移動した。
手を伸ばしても届かない場所にいるのに何故か私は彼の姿を見つけるとさっきの不安は一切消えていた。葛西くんは所定の位置につきギターを構える。1つ深呼吸をして顔をあげた。
『僕ならできる。僕にはできる。僕だからこそできる』
心の中で唱えながら僕はステージに向かった。心臓が喉から出てしまいそうな吐き気を必死で堪える。このライブの機会を作ってくださったOGRの皆さんの『頑張れ』『楽しんで』の言葉に背中を押され僕たちはステージに立った。
辺りは暗く。
なのに僕の立っているステージは明るく。
『あ、UFOに連れ去られるとこんな景色なのかな』なんてよくわからないことを考えた。
北野さんたちもう来てるかな?
先生たちは?
始めの曲はなんだっけ?
自己紹介が先か。
マイクの位置は良かったよな?
ギターを構えないと。
ギターはどこだっけ?
あ、後ろだ。
緊張してしまっている。
ギターを抱え音が出るかどうか少し鳴らしてみる。
アンプから発せられる歪んでいる音。
これだ、この感じだ。よし、音はいい。
後は僕だ。マイクの前に立ち深呼吸して初めて客席を正面に捉える。暗くなっている客席はどうにも人の顔がわからない。目を凝らして見ていると後ろから浦野の小さな声がする。
「おい、大丈夫か?」
僕は後ろを振り返り、「大丈夫」と答えた。
「なら、始めちゃおうぜ」
そう言って笑みを浮かべる浦野は心強い。
新谷と大浦を順番に見やる。
二人とも頷いていた。
僕も頷く。
言葉を交わさなくても通じ合っている感触があった。『よし、行こう』心の中で呟いた。
「皆さん初めまして、クラマラスです!」
もう一度会場には盛大な拍手が響いた。
「それでは聞いてください」
そう言い終わる直前に初めの音を鳴らす。
2曲連続の曲が終わり先ほどの緊張が少し薄れた。それよりも今はこの興奮をもっと楽しみたい。
この照明の具合にも慣れたのか、緊張がほぐれてよく見えるようになったのかわからないが、後ろの方にいる北野さんをはっきりと確認することが出来た。僕はその途端嬉しくて自然と笑みが溢れてしまう。
「今日は皆さん、ありがとうございます。僕たち『クラマラス』って言います。まだ実は高校生です」
そう客席に向かって話すと「わかーい」「高校生なのに上手」と話しているのが聞こえた。北野さんたちと会場の中央に座っているあの先生たち(何故か福井先生もいるのだが・・・)以外はOGRのお客さんで年齢層は高めだ。
「今日はOGRさんのオープニングアクトを務めさせて頂けて本当に光栄です。少しでもいい演奏が出来るように頑張ります!」
・・・なんだ?そうじゃないだろう。
あそこに北野さんがいる。
僕たちのライブをみんなが見てくれてる。
この盛り上がり具合。
こんな言葉でいいはずがない。
ここはライブハウスだろう!
「いや、違いますね!今日はOGRさんに負けないぐらいのライブをします!っていうか勝ちます!なので・・・よろしく!」
どうだ?引かれるか?
客席は大きな拍手で答えてくれた。「いいぞー」「そうでなくちゃ」「頑張れ!」と声がした。谷岡さんも満足そうな笑顔で拍手をしてくれた。
「なら、次はみんな歌ってくれよ!!・・・と言ってもオリジナルなので皆さん初めて聞くんですけどねぇ」
これもウケた。あぁこんなに嬉しいことはない。後はもう最後まで突っ走ろう。
ライブは中盤。葛西くんは「メンバー紹介をします」と言って名前を呼び1人ずつ喋っていた。その間にも葛西くんはこちらをチラッと見ては笑顔でいる。
嬉しい。葛西くんの真剣な顔や笑顔や話している姿。歌っている姿。みんなに見てもらえて嬉しい。私は初めから知っていた葛西くんは凄い人なんだって。
「じゃぁ次の曲です。この曲は誰かの背中を押すことが出来たらいいなと思って作りました。聞いてください『On Youer Mark』」
『僕の選んだ道は絶対に間違いじゃない 信じてるんだいつだって
肩の力を抜いて 周りを見て きっと見ていてくれてるんだ』
この部分が好きだ。私の信じた道は間違いじゃないかな?私は。でも・・・。
ついに最後の曲だ。これで終わる。僕たちがこれまで努力してきたものが終わる。突然の寂しさに僕は何かにすがるように後ろを振り返った。みんな驚いた表情だったがみんな同じ気持ちだった。そして言われた気がした。いや、確かに言われた。
『これから始まるんだ』と、この4人でいつまで活動できるのかわからない。後こんなライブを何回できるのかわからない。ただ、だけど今だけは思いっきり、それが永遠に続くと信じて。
「最後の曲です、、、
最後まで完走した最後まで歌った。もうこれ以上歌えない。汗も出尽くしたのではないかと思うぐらい出た。声も出し尽くしたのではないかと思うぐらい出した。
早く水が飲みたい。意識は朦朧とし、ただお客さんの拍手を背に舞台そでに捌ける。次第に拍手は全体が揃っていき僕たちにマスターが「アンコールだって」と言ってきた。
アンコール?何がなんだかわからない。こんな初めての高校生の未熟者の僕たちにアンコール?「ただ時間がないから1曲だけで」とマスターが更に言った。
もう一度出てもいいんだ。僕たちは顔を見合わせ使い切った体を気力で動かしステージに戻った。
「ごめんなさい!まさかアンコールをもらえるなんて思ってなくて、というより完全に頭の中に無くて、用意はしてなかったんですが・・・歌います!聞いてください」
また拍手が鳴った。
もう一度大きな拍手をもらった。この時にはもう頭は冴えていてマスターの「高校生のお客さんで保護者のいない方はこれでお帰りください」の声が聞こえた。
「おい、追いかけなくていいの?」
浦野が言った。
「誰を?」
「『誰を?』って北野さんでしょうよ」
大原がそう言う。
「行ってきてくださいよ」
新谷までそう言う。
「北野さん。うん、ちょっと行ってくる」
僕は走った。
葛西くんのライブは最高だった。笑えて泣けて感情が1時間でこんなに揺さぶられた事はない。近くにいた人も「すごく楽しかった」と感想を言っていた。葛西くんは成功した。大成功だ。こんなにたくさんの見ず知らずの人に自分が作ったものを聞いてもらってそれで人が感動したのだ。凄い。
私は?私はどうしたいのだろう。
「北野さん!」
そんなことを考えながら帰り道を歩いていたらさっきまで聞いていた声が聞こえた。振り向くと葛西くんがいた。
「あれ葛西。北野行っておいでよ」
と筒井は言ってくれた。「私たちはあっちで待ってるね」と言い残して二人にしてくれた。
「葛西くん、お疲れ」
「うん、今日は来てくれてありがとう・・・ライブどうだったかな?」
「うん、とってもよかった。笑ったり泣いたり大変だった」
「え?泣いた?」
「うん、感動してね」
「あぁそういうことか」
葛西くんは安心したように肩を下ろした。
「北野さんに聞いて欲しかったんだ。僕たちがこれまで頑張ったこと。さっきまで僕はこれで終わるんじゃないかって思っていたんだけど、実はこれからが始まりなんだなってみんなの顔見たら思った、北野さんの顔見たら思った」
「うん」
「だから北野さん」
「え!?はい!」
「北野さんもまだこれからなんだ。だからさ、音大のこと考えてみたら?滝野先生に勧められたんでしょ」
「・・・でも、私には無理だよ」
「そんなことないよ」
「だって、私は!間違えたんだよ。私のミスでコンクールダメだったんだよ?そんな奴が音大に行くなんて何様のつもりだよ。ほんと私はいつもダメだ。大事なところで私はいつもダメだ。いや、きっといつもダメなんだ。私は」
僕はたじろいでしまった。
「そんなことは!」
「おー!お前ら早く帰れ、葛西はちゃんとお店に挨拶してから帰れよ」
先生たちが現れた。私は正直来てくれて良かった。多分このままでは感情のまま葛西くんにぶつかってしまう。
「はい、すみません。葛西くん私たち帰るねまた学校で!」
涙を見られないように、声が震えていないように。筒井たちの所に行くまでに気持ちを落ち着かせられるかな。
「うん、また学校で、先生たちも今日はありがとうございました」
「いやぁいいライブだったな。先生あまりこういうライブに来た事は無かったんだが葛西たちが輝いて見えたぞ」
そんなやりとりを聞きながら私は後ろを振り向き筒井たちのもとへ向かった。
筒井以外とは駅で別れ、私たちは二人で帰った。
「ねぇ、北野大丈夫?」
「どうして?」
「北野の様子はわかるよ。傷ついたりしてない?」
「いや、してないよ、むしろ私が葛西くんを傷つけたかもしれない」
「そうなの?」
「うん」
私はさっきのやりとりを筒井に話した。
「そうか、北野はそんなに思い詰めてたんだ」
「うんだから、葛西くんの歌に心打たれたんだけど、だからって私には自分の心がわからない」
「きっと大丈夫だからさ北野。そうやってちゃんと悩んでる、ちゃんと答えは出てるよ。だって私たち北野が間違えたから全国に行けなかったなんて思ってない。それはわかってるでしょ?」
「そりゃもちろん。みんなの優しさを私は知ってるよ」
「だったら大丈夫。きっと解決する」
「断言するね」
「するよ、だって私は北野のことを知ってるんだもん」
「うん、ありがとう」
心が軽くなった気がした。ちゃんと葛西くんに謝ろう。