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早秋の夕方(ショートショート)(短編小説)

「9月だぜぃ!」

「うん、9月だねぇ」

「・・・9月だぜぃ!」

「うん、うん、9月だねぇ」

「ちょっと!9月だぜぃって言ってるんだからなんか反応してよ」

「しましたよ?」

「そういうことじゃなくってさ?まだ暑ねぇとかさ!夏休みが恋しいねとかさ」

「あぁまだ暑ねぇ」

「もうええわ!ありがとうございました!」

遥香さんはそう言ってどこかに行こうとする。

「いやいや、ちょっと待って!どこに行くの?」

「うそうそ!そういうボケだよ?」

遥香さんは忙しい人だ、笑ったり怒ったり、泣いたり笑ったり。

「でも、遥香さんは笑った顔が1番可愛いよね」

「・・・突然!?」

遥香さんは驚いた表情をしている。

「いや、思ったことをそのまま伝えただけだけど・・・」

「思った事をそのまま伝えすぎなのよ、亮くんは」

「ごめん」

亮くんは突然思ったことを言う。それが嬉しいことでも驚いてしまい反応が遅れてしまうので出来れば前振りが欲しい。でも嬉しい。

「ありがとう、ねぇ亮くん最近昼は暑いけど朝晩は涼しいよね?」

「うん、そうだねこの間の台風が夜の体温を奪い去って行ったみたいだね」

『夜の体温』だなんて亮くんは洒落たことを言う。

「あ、『体温』じゃなくて『気温』だろ!って言われると思って・・・」

は!!間違えた。私としたことがボケをスルーするなんて、だけど

「亮くん、ボケわかりずらい」

「え!?あ、ごめん」

僕は人と話すことが苦手だ。相手が求めることを出来る気がしない遥香さんは僕によく喋りかけてくれる、なんでかわからないけど・・・だからそれに応えようとすると間違えてしまう。

亮くん黙ってしまった。
傷つけてしまった。
どうしよう・・・

「亮くん、ごめんね」

「!?・・・なんで謝るの?」

「だって亮くんを私傷つけてしまった」

遥香さん・・・僕と関わる人はみんな悲しい思いにさせてしまう。ダメなやつだ僕は。

「そんなことないよ、こっちこそごめん。もっとわかりやすいボケをするよ」

「亮くん、嬉しいけど、無理しないで。亮くんと普通におしゃべりするだけで楽しいから」

「そう言ってもらえると嬉しい」

『嬉しい』!『嬉しい』だって!そりゃこっちの台詞ですよ!私の方が嬉しいですよ。

「亮くん、2学期と言えば、体育祭に文化祭に目白押しですなぁ」
顔のニヤつきは取れているだろうか。

「うん、僕は運動苦手だから体育祭嫌だけどね。文化祭はちょっと楽しみだな」

「うん、うん、私も体育祭はそんなに好きじゃない、文化祭の方がいいよね」

「遥香さんは今年も書道展?」

「うん、そのつもり、亮くんは写真?」

「うん、そうなると思う」

私と亮くんそれぞれに目的や目標がある。しかもそれが『文化祭』という共通項で一致している。こんなに嬉しいことはない。

「でもね、僕の写真は『寂しい』って言われる」

「え?誰に?」

「顧問とか、先輩とか・・・だから僕は変わらなきゃいけないんじゃないかなって思うんだ。自分1人じゃなくてもっと人と関わった方がいいんじゃないかって」

これは亮くんの思いだ。でも私の思いは違う。

「亮くん、私亮くんの撮る写真好きだよ。それが寂しいとは・・・ちょっと思う。だけどその『寂しい』って良くないことなのかなぁ?私はそうは思えない。それが亮くんが写真を撮るっていう意味になってると思うし私はそんな写真を見たいし・・・あ!ごめん、語ってしまった」

「いや。うんありがとう嬉しい」

こんなにも僕のことを考えてくれているのか。

「でもね!亮くんが変わりたいって思うなら私も応援するし協力する!なんでも言ってよ!でも私は今の亮くんの写真も好きだからね!」

「ありがとう。自分だから撮れる写真かぁ・・・」

「うん、そう思うよ」

遥香さんのそう言った後の自信満々の顔がとても清々しくて落ちゆく太陽の光に照らされてそれは美しかった。

「あ!ねぇあれコスモスでしょ?」

もう遥香さんは違う表情をしている。忙しい人だ。

「あ〜うん、そうだね」

「亮くん、写真撮りなよ」

「え?・・・そうだねそうする」

通学中はカメラを出してはいけないと顧問に言われているのだが、確かにこのコスモスは撮っておきたいと思った。今日の遥香さんからもらった『勇気』を残すために。

「いい感じ?」

「うん、いい感じ、見る?」

「うん!見る」

私は亮くんが胸の下辺りに構えているカメラを覗くため亮くんの顔とカメラの間に顔を持っていく。

「どう?」

「うん、綺麗」

私は顔を上げながら答えた。そこには亮くんの顔があった。

「ありがとう」

「・・・」
「・・・」

亮くんと見つめ合ってしまった。心臓がバクバクと鳴っている。鼻息が荒くなりそう。は!ダメだ!

「うん!それではいざ帰ろうぞ!」

「・・・なんでそんな喋り方?」

緊張した。遥香さんがあんなに近くにいるなんて。でも遥香さんは今、ずんずん進んでいる。

「あ、ちょっと待って!」

黄色のコスモスの花言葉は『幼い恋心』と言うことを僕はまだ知らない。

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