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フェリスリール 宇宙の物語。(短編小説)(ショートショート)

「そうか、僕は・・・」
遥か遠く、遠く。
「ここまで来たんだ」

「月はあそこで地球はあっちだから、スペースホームに6度ずれてます」
「了解、アポジモーターの点火は任せる」
船長が呼応した。

人が地球から離れて宇宙に出られるようになって四半世紀。我が国は友好国と共同で開発した『スペースホーム』を拠点として宇宙開発事業を展開している。開発事業が民間に降りてきたのは9年前フロンティア拡大に躍起になった有数の企業がスペースホームを起点としてロボット工学、建築、宇宙研究と様々な分野で発展している。

僕は工業大学でロボット工学を専攻し『いつかは』と宇宙ロボットの実現に向けて努力をしてきた。

数十年前までは大気圏再突入が大いなる壁として存在していたが宇宙から一定の周期で大気圏まで伸びる軌道エレベーター『フェリスリール』を用いることで解消した。中間圏までシャトルで登りフェリスリールに収容、そこを伝って地上200km付近まで登る事が出来る。更にそこから200km登ると『スペースホーム』がある高さまで出られる。かつて国際宇宙ステーションがあった場所だ。

「気をつけろよ、ここからはスペースデブリとの戦いだ」
「はい」
船長に言われ気合が入る。
「まぁ風見、大丈夫だよ。この宇宙がどれだけの広さだと思ってんだ?デブリがこのシャトルほどの大きさでも目を瞑りながら針に糸を通すようなもんでそうそう当たりはしないさ」

コ・パイシートに腰掛ける柳井がそう言う。こいつは同い年ながら適性の高さからシャトルに乗り宇宙に出るのは3度目。慣れていた。

「あぁそうだな、しかし油断はならない。0.1%かもしれないがそれは0%ではない」

「はい!」
「了解です」

船長は僕が緊張で反応できないことに気づき助け舟を出してくれた。柳井も船長に言われたら従うしかない。僕はもしもの時のためにシャトルの左舷に移動する。宇宙服は体を締め付ける感じがして嫌いだが宇宙で過ごすにはこういうものを当たり前に着ていないとすぐそこにあるのは『死』だ。

左舷への移動は短い廊下のようになっていてそこの壁に等間隔で配置された取手を掴んでは宇宙服の靴についているマグネットで床に張り付き、次の取手までジャンプするように低く飛ぶを繰り返す。この動作の訓練は地上でもしていたがやはり慣れない。重力のある場所では到底必要のない移動方法なのだ。
 左舷デッキに到着する寸前管内の緊急ランプが赤く点滅し警報アラートが鳴った。

「なんだ!?」
そう口に出してみたものの、ヘルメットを被っていては自分の声はヘルメットの中をぐるぐると周り自分の耳に返ってくるそんな寂しさを味わう。

『船長より各員へ、前方10時の方向にデブリが直進している。このままではシャトルの直進コースにぶつかる恐れがある。燃料に十分な余裕はないため進路の変更は最終手段とし、これよりデブリの破砕を開始する。各員は持ち場につけ。繰り返す・・』

「なんてこった」
真っ先に柳井の顔が浮かんだ。
「あいつ、覚えてろよ」
運が悪いのだがそんな運の悪さを呪う前に柳井を呪った方が良い。

「左舷銃座、聞こえるか、左舷銃座」

管内放送が流れる。左舷銃座は僕の担当だ。宇宙ロボット開発のためにここまで来たがシャトルの搭乗人数の制限の関係上シャトルに乗るならクルーとしていなければならない。シャトルの中では僕は左舷銃座2番の担当クルーだ。

 僕はヘルメットの通信機をONにし、目の前に表示された項目から船内全体を声と目で選択する。
「はい、左舷銃座担当の風見です」
「銃座にはついているか?」
管制担当の敷島さんの声がする。
「いえ、まだですがあと1分で着きます」
「了解した。焦る事はない、銃座についたら通信をくれ」
「わかりました」

僕は銃座に向かう。

 銃座は所謂ゲームセンターの筐体のようで、席につき色々な数値や文字が表示されているモニターが正面、斜め左右に配置されている。手元にはグリップがあり足元には車のフットブレーキのように配置されたものが2つ。右足で右側を踏むことで銃座は右に移動し、左を踏むと左に移動する。グリップは右手で握るがテレビゲーム機のアナログステックのように動きそれが砲身の向きと連動する。

この船の銃座は左右で2機ずつ。そして正面に1機。
左右の銃座は1機につき1門の砲塔が設置されている。それを各銃座1名ずつが担当し非常事態に備える。

「風見、配置につきました」
管制室に連絡をする。

「了解、不具合はないか?」
「はい、問題ないです・・・問題があったらどうするんだよ」
「聞こえたぞ」
「あ!すみません!」
思ったよりも声が出ていたようだ。
「銃座の1門に問題があっても残りもう1門がある。だからこの船は左右に2機ずつ銃座が取り付けられていて、そこにそれぞれ担当がいる」
「なるほど、リスク分散ですね」
「あぁそうだ、それに2人ならばどちらかがミスしてもカバーできるし、ミスの結果どういう状態になっても1人が責任を感じることがないようにストレスの分散にもなっている」
「あぁ」

例えば、どちらかが射撃を外し船に損害が出てもどちらが外したかはわからないのでお互いに『こいつが外した』と言い合えるのだ。しかし、船に損害が出たら命の問題になるのでは?

「風見、慎重に行けばいいけど気負うなよ」
「はい、小西さん」
もう1人の左舷銃座担当小西さん。頼りになる先輩だ。

『目標のデブリ接近、距離50』
管制の通信が入る。

「そろそろモニターが捕まえられる距離だ。発見次第こちらにも情報をくれ」
「わかりました。僕もお願いします」
「了解だ」
小西さんとのやりとりを終え、僕はモニターに注視した。
10時方向から向かってくるのであればモニターは正面右。

「・・・」

宇宙服越しなので感じるわけはないのだがグリップに手汗がついて滑ってしまうのではないかと焦る。

「・・・」

静寂が銃座を支配した。

「・・・」

『目標、目視で確認』
管制から連絡が入る
「どこだ!?」
途端、小西さんが大きな声をあげる。
『変わらず10時の方向』
管制の声が終わるや否やモニターにマーキングが表示された。

「デブリだ」

大きく見えるがまだ距離はかなりある。砲塔の射程距離まではまだある。

「移動だ!」
小西さんがそう言った。

「はい!」
僕は右足を踏み込んで銃座を右に移動させる。
「うぐっ!」
思い切り踏み込んだせいで勢いよく動いた銃座は僕にとって右から大きなものがぶつかったような感覚だ。正面のモニターに目標を捉える。

「落ち着け、落ち着け、落ち着け」
そう自分に言い聞かせながら目標が射程距離に入ってくるの待つ。

「落ち着け、落ち着け、お・・・で、でか、い・・・」
まだ射程距離に入っていない。なのに目標はまるで閉園したテーマパークに残された巨大なオブジェのように不気味で大きく目を塞いでしまい気持ちに駆られた。

「あと10秒後だ。あの大きさは2門で何発か与えないと破砕できない。いいか、10秒後すぐに斉射だ。わかるな!」
小西さんが言う。

「了解しました!10秒後斉射します」
怖がっている場合ではない。やらなければあの巨体がシャトルとぶつかり全員死ぬ。
「カウントをする」

「10、9、8、7、6、5、

神に祈った。

4、3、2、1、斉射!」

僕はトリガーを引き、砲弾を巨体に喰らわせた。発射は反動がいくらか軽いとはいえ体全体を激しく揺するように僕に届き、次の発射を間髪入れずにしないといけないことを忘れてしまいそうだった。

次弾完了、発射。

次弾完了、発射。

目の前のモニターはみるみる土煙のようなもので覆い隠され視界が悪くなる。しかし管制から破砕が確認されるまでは打ち続けなければならない。

次弾完了、発射。

次弾完了、発射。

まだ壊れないのか!?

発射!
発射!

・・・はっしゃ?・・・
「こちら風見!弾切れです!」
「小西同じく!」
「目標は!?」

『以前進行は止まりません』

僕は「あ、死んだ」と思った。
なんだ、せっかくここまで来たのに、宇宙工学とロボット工学の融合を新な場所でしてみたかったな。
あぁ、遺書、書いてなかった。家族は幸せに・・・

『アポジモーター作動!』
その号令と共に船体が大きく揺らいだ。今度は体が宙に浮くような感覚に襲われたがそれは船が緊急で進路を下げたからだ。
「まだ、生きられる道はある!」
僕はモニターを注視した。
大きな塊が目の前にせまる。下の方に微かに小さな星が見える。

「助かってくれ!助かってくれ・・・」
あとは祈るだけだ。

『距離、3!』
『2!』
『1!』
『0!』

静寂が船内を包んだ。

『目標、船体上部を通過』

助かった。

『オペレーション報告です。銃座による攻撃によってデブリは速度を落とし、目標下部に当たった砲撃で進路を2度変更。それに合わせて船体を下げたことによりギリギリで目標を回避しました。左舷銃座お疲れ様でした』

「お疲れ様です」
「お疲れ様です」

終わったのだ。発砲を続ける命令を出した小西さんと、咄嗟の判断で船体を下げた船長のお手柄だ。

「やったな風見!」
「はい、小西さん!」

「やったな風見!」
「ご苦労様です柳井さん」

『船長から通達。困難は去ったが、アポジモーターを使用したことにより、予定の航路を大きく外れた。戻すために推力を使うと『スペースホーム』に辿り着けるかわからない。非常事態モードに移行する。総員準備を進めてくれ』

非常事態モードとは、生活品などの品を放出して船体を軽くするのだ。
まだ、僕たちの困難は続く。

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