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クラマラス 32話 (長編小説)
「ねぇ北野。ちょっとさ相談がある」
部長の梅澤が話しかけて来た。梅澤とは同じクラスだが部活以外では一緒に行動する事は少ない、彼女には彼女の生活範囲があるし、私には私の生活範囲がある。仲が悪い訳では決してなく、ただそう言う範囲なのだ私たちは。
教室で声を掛けてくるのは珍しかった。
「お!珍しいね、どうした?」
「うん、そうなんだけど。あのさ、葛西くんを紹介して欲しい」
「え!?・・・何で?葛西くん?まさかこの間の文化祭で?」
「いやいや無い無い。私は北野の事を知っているからそれは無いよ」
「ん?何?どういう意味?」
「え?・・・あぁ何でもない何でもない、忘れて。葛西くんと言っても葛西くんのバンドの話ね」
「バンド?クラマラス?」
「そうそう、クラマラス。実はさ、来月の定期演奏会で一緒に演奏出来ないかなって思って」
「そういうことか!」
「北野と葛西くんの2人でやったやつ、とっても良かったからあれを人数増やして大規模でやってみたいんだよね」
「なるほど!それ!良い!わかった!私が間を取り持って進ぜよう!」
「・・・いや誰だよ?まぁ頼むわ」
定期演奏会で一緒に出来たらそれはとても凄い事だ。まさにこの1年の集大成になる。私は是が非でもそのコラボを実現させたいと思った。
放課後、軽音楽部の部室に梅澤と向かった。
「葛西くんたちいる?」
そこにいた軽音部部長の衛藤くんに尋ねた。
「お、梅澤、珍しいね。クラマラスならこの後に練習入るよ」
「そうか、なら待たせてもらうね」
「おう、いいぜ、というか北野さんまだ葛西の連絡先知らないわけ?」
「うん、なんか聞きそびれちゃうんだよね」
梅澤が驚いた声をあげた。
「え?知らないの?」
「だって知らなくても問題ないんだもん」
「それはそうだろうけど、知っとこうよ連絡先」
衛藤くんが話に割って入って
「どうした?吹部の2人がうちを訪ねてくるなんて」
「あぁちょっとクラマラスに相談があって、定期演奏会に一緒に出てくれないかなって頼みにきたの」
「定期演奏会か!良いじゃん!」
「いや、クラマラスだけだよ?」
「うん全然いい!」
「あんたはさ、あまり自分が出たいって欲がないよね」
「いやあるよ。あるけど、クラマラスがこんなに求められるのは軽音部の評価に繋がるじゃん、ならそれでいいと思うし、俺たちもクラマラスのおかげでもっと練習しようって気分になってるんだ。『負けてられない』って」
「そうだったの?なんかごめんね」
「いいよそういうの、確かに葛西の才能は凄いもん、完全に負けを認める」
「…衛藤、頑張れよ」
「おう!ありがとな」
この部長同士はこれまでも部長会議があると顔を突き合わせて来たのだから戦友のようものなのだろうし、私と葛西くんのような関係性なのだなとも思う。
衛藤くんって人はすごく優しくて周りをしっかりと見ることが出来る人。こんな人が部長なのだからいい部活だ。2人のやりとりを微笑ましく見ているとクラマラスがやって来た。
「待ってよ、それはどうなの?」
「いやいや、できるって!」
「僕たちはまだいいよ?でも新谷や大原は気まずいだろ、3年の教室に入るのは」
「大丈夫だって、もうクラマラスって言ったら言わずと知れた存在じゃん」
「この学校だけでな」
「お、もしや視野は広い?」
「まぁね、でもその件は難しいって」
「いや、だからこそやるべきだって」
葛西くんと浦野くんが2人でそんな話をしながら部室にやってきた。
葛西くんは私たちを見つけると
「あれ?北野さんたちどうしたの?」
驚きながらそういった。
「部長が話、あるらしいよ」
「話?何何?」
梅澤は一緒に定期演奏会に出たいことを伝えた。
「もちろん、演奏会全てのプログラムに出てほしいってことじゃないの。中盤の1コーナーとして一緒に演奏する時間があればいいなって」
「なるほどね、アレンジをこっちで考えていいなら引き受けるよ」
「ほんと?ならお願い」
「こっちで案を考えて提出しようと思うけどそれでいい?」
「良い良い!時間は20分ぐらいだから、3、4曲かな?」
「そうだね、もちろん歌ありでいいんでしょ?」
「もちろんです。それがいいです」
「了解」
そうして葛西くんは快く承諾してくれた。
僕たちは残り1ヶ月に迫った吹奏楽部定期演奏会のコラボレーション企画の練習を始めた。バンドスタイルでやるには簡単だけれど、これを吹奏楽のバンドも入れてやるとなるとアレンジが大変になる。
そのために僕は何度も吹奏楽部の練習を見学させてもらい楽器の音色を聞いてどこに当て嵌めるかを確認していった。なかなか骨の折れる作業だったが楽しく、部員のみんなとの交流を持つこともできた。
そんな中の合同練習1回目。
「皆さん、よろしくお願いします。クラマラスのボーカル、ギターの葛西です」
「よろしくお願いします。キーボードの浦野です」
「ドラムの大原です」
「…あ、ベースの新谷です」
「先日渡させてもらった楽譜を一度その通りにやってみてください。僕たちも初めてのことなのでまだわからないことが多くてやりながら変更していこうと思う箇所が出てくると思いますのでどうかよろしくお願いします!」
「はい!」
吹奏楽部の全員によるタイミングの揃った返事に気圧された。
「…では、いきましょう」
そうして初めての合同練習が始まった。
「浦野たちはこういう練習を何度も続けて来たわけ?」
「そうだね、大体最初はこんな感じ」
「えー!本当?」
浦野くんと筒井が練習終わりに話をしていた。
「こんなに詰めるとは思わなかった。ねぇ北野」
「そうだね、こんなに同じところを何度も繰り返すとは思わなかった」
「しかも楽譜とは違うことを要求してくるし」
「まぁまぁ葛西の納得するところまで出来たら後は意外と楽だぜ。そこの形からなら自由にやっても『それ、面白い!』って受け入れてくれるからさ」
確かに初めての合同練習は結構大変だった。
「うんうん、えっと、感想なんだけど、もっとメリハリが欲しいかな。特に低音のパートはだらっとなってるところがあるから、しっかりと音を切って出して欲しい。あと打楽器は跳ねてるからこの曲はもうちょっと粘って。クラリネットは一音一音大切に音を出して欲しい、トランペットはもっと前面に主張して音を出して来ていいよ」
一息に言って「もう一度お願いします」と言いながら練習を始めた。何度か止められ「ここがちょっと違う。もう一回いい?」「今のところはもっと入りを意識してほしい」と言って何度も繰り返した。コンクール前の練習と同じくらいの熱量で葛西くんはいる。しかし的確に指示を出すのでみるみる音は良くなり、私達は反発する余裕もなく納得せざるを得なかった。
「では録音するので最後に1回通して終わりましょう」
そうして録音された演奏を聴くと『自分たちがこれを演奏したのか?』と耳を疑うほどの素晴らしい演奏だった。こんなにお互いの楽器の音、1つ1つの音、呼吸のタイミングを意識して、演奏は共に寄りそう。一緒に音楽をしている。夏のコンクールでも感じた全員が1つになる感覚。
「なんでこんなに1つ1つの音がわかって的確に指示が出来たの?」
私は葛西くんに聞いてみた。
「イメージは持っていたし、このバンドの演奏はコンクールの時に聞いていたから見通しはちゃんとあった」
「それでも一度にたくさんの音楽を聞いて、それで『どこの音がどうか』ってことがはっきりとわかるのは何故?」
「それは浦野に教えてもらったDTMがいい影響をくれてると思う。あれ、最後にバランスを調整する作業があるんだけど、それで各楽器のバランスをほんの少し上げたり下げたりするから全体の中から1つ1つの音を聞き比べるのは慣れているんだ。だから指示ができる」
「なるほど。そういうことだったんだね」
「うん、あまり良くなかったかな?あんな感じで進めたこと」
「え?そうは思わないよ、今までにない葛西くんの具合にビックリしただけ」
「そう言ってくれると嬉しい。ありがとう」
「どういたしまして、明日からもよろしくね」
「うん、ねぇ北野さん」
「何?」
「音大ってどうなったの?」
「そういえば話してなかったね」
「そうだよ、結構気が気でなかったんだから」
「本当かな?」
「コラボのことで少しの抜けてた」
「だと思った」
笑いながら、それでも心配して聞いてくれる、嬉しかった。
「音大はね、推薦での受験はもう締め切りでダメだった」
「そうか・・・でも来年だってあるさ、1年ぐらいなんて事ないよ」
「ありがと、でもね、一般選抜っていうのもあるんだ」
「あ、そうか、なんだよ、てっきり今年はもうダメなのかと思った」
「葛西くんの早とちりだったね。一般選抜は1月に願書受付が始まるからそこで提出して2月に試験がある。私はこれに賭けてみることにする」
「そうかそうか。よかった。きっと大丈夫だよ。北野さんなら」
「ありがと。葛西くんはどうなの?進学?」
「うん。僕も大学には行こうと思う。将来何になるにしてももうちょっと勉強することは必要だと思うから」
「あら、葛西くんからそんな言葉が出るとは思わなかった」
「あのね僕だってね考えているのですよ」
「そうだよね、ごめんごめん」
葛西くんはきっと大学に入って将来を決めるんだろう。音楽を将来の夢にするのかそれとも全く違う夢を持つのか、それはわからないが葛西くんの将来にはきっと・・・
「じゃあお互いの将来も進路も見えたことですし明日からの練習も頑張りましょう」
「うん、頑張ろうね」
「それじゃあまた明日」
「また明日」