見出し画像

【番外編その3】埼玉県虐待禁止条例改正案に反対するおかしさ

 「児童虐待」は世間の関心があるのか、よくニュースになる。
 最近では、埼玉県虐待禁止条例改正案が、委員会の審査は通過したものの、世間からの反発を受けて、本会議で取り下げられた。

(見出し)埼玉「留守番禁止」条例案、県議会で正式に撤回 自民「県民から多くの意見があった」

(記事冒頭)埼玉県虐待禁止条例の改正案が13日、県議会の本会議で正式に撤回された。子どもだけの外出や留守番を放置による虐待とする内容が批判を浴び、提案した自民党県議団が10日に撤回の方針を表明していた。

東京新聞 2023年10月13日

(見出し)「留守番は虐待」条例案撤回…自民県議団長の責任論に発展か

(記事冒頭)自民党県議団が埼玉県議会に提出していた子供だけの留守番などを放置による虐待と定める「虐待禁止条例」改正案の撤回が、13日の本会議で承認された。

産経新聞 2023年10月13日

 私自身、今から約35年前に園児だった頃、保育士から虐待を受けた経験がある身なので、こうした問題に関心がないわけではない。
 だけど、この本会議の傍聴席でヒステリックに野次を飛ばして反対していた‟変な人”に聞きたい。そして、上記に引用したのは、検索してヒットした新聞記事が出典だが、これを書いた記者にも聞きたい。
 埼玉県虐待禁止条例の条文と、その改正案はちゃんと読んだのかと。
 <子どもだけの外出や留守番>が、<放置による虐待>だとは、条文には一言も書かれていない。
 新聞やテレビは、明らかにミスリードだ。
 既に条例改正案は撤回され「なかったもの」になったが、誰も疑問に思わないらしいので、ここに書き残しておく。


目的も定義も変わっていない

 条例には、第1条にその目的が必ず書かれており、この条例も例外ではない。そして、続く第2条には、虐待の定義がされている。

(目的)
 第一条 この条例は、児童、高齢者及び障害者(以下「児童等」という。)に対する虐待の禁止並びに虐待の予防及び早期発見その他の虐待の防止等(以下「虐待の防止等」 という。)に関し、基本理念を定め、県及び養護者の責務並びに関係団体及び県民の役割を明らかにするとともに、虐待の防止等に関する施策についての基本となる事項を定めることにより、当該施策を総合的かつ計画的に推進し、もって児童等の権利利益の擁護に資することを目的とする。

(定義)
第二条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 虐待 次のいずれかに該当する行為をいう。
イ 養護者がその養護する児童等について行う児童虐待の防止等に関する法律(平成十二年法律第八十二号。以下「児童虐待防止法」という。)第二条各号、(中略)に掲げる行為

埼玉県虐待禁止条例

 条例の目的も虐待の定義も、今回の改正案では一文字も変わっていない。
 だから、ここで言う「児童虐待」とは、児童虐待防止法で規定されている行為だ。いわゆる「ネグレクト」については、法では次のように書かれている。

(児童虐待の定義)
第二条 この法律において、「児童虐待」とは、保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう。以下同じ。)について行う次に掲げる行為をいう。
(略)
三 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前二号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。

児童虐待の防止等に関する法律

 <児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置(中略)その他の保護者としての監護を著しく怠ること>が、ネグレクトの定義だ。

 この条例改正案では、虐待の定義が変わっていないのだから、実質は何も変わらない。そんなのは、読めばわかることだ。ヒステリックに騒ぎたてる必要はない。

「放置=虐待」ではない

 では、自民党埼玉県議団は、何を変えようとしていたのか。改正案では、第6条「養護者の安全配慮義務」に枝番号の第6条の2として、「児童の放置の禁止等」が新たに規定された。

(養護者の安全配慮義務)
第六条 養護者(施設等養護者及び使用者である養護者を除く。)は、その養護する児童等の生命、身体等が危険な状況に置かれないよう、その安全の確保について配慮しなければならない。

埼玉県虐待禁止条例

(児童の放置の禁止等)
第六条の二 児童(九歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあるもの に限る。)を現に養護する者は、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置をしてはならない。
(略)
3 県は、市町村と連携し、待機児童(保育所における保育を行うことの申込みを 行った保護者の当該申込みに係る児童であって保育所における保育が行われてい ないものをいう。)に関する問題を解消するための施策その他の児童の放置の防止に資する施策を講ずるものとする。

埼玉県虐待禁止条例改正案

 この条例改正案を提出した自民党埼玉県議団の団長が、『ABEMA Prime』で「説明不足だった」と話していたのが、次の内容だ。

「私どもが2017年に制定した埼玉県虐待禁止条例の第6条で、養護者の安全配慮義務というものを明記した。これを怠っている様々な事例があり、様々な課題がある中で今回放置について追記させていただいた。安全配慮義務を説明することなく、改正部分だけに目が行くような説明をしてしまったのは私の責任だと感じている」

『ABEMA Prime』2023年10月12日配信記事(放送は10月10日)

 番組内では、安全配慮義務を怠っていない養護者が、小学3年生以下の子どもを家の中に残して外出しても、それは<放置>にはあたらないことが説明された。まして、児童虐待防止法が規定する<長時間の放置>でもなければ、ネグレクトでもない。
 つまり、虐待ではないということだ。
 子どもだけで公園に行ってもいい。<養護者>が、「暗くなったら家に帰る」とか、そんなことを子どもと約束すればいいだけの話だ。

 第6条の2第3項では、県は、<児童の放置の防止に資する施策を講ずる>とされ、県の役割も書かれた。勝手に連携させられる市町村はとばっちりかもしれないが、<放置>を防止するための取組みも行うということだ。
 もともと第25条では、<県は、虐待の防止等に関する施策を推進するため、必要な財政上の措置を講ずるよう努めるものとする。>とも規定されているのだから、そんなに悪い話ばかりでもない。

 条例改正案を提出した議員の「説明不足」があるとするなら、なぜ「児童の放置の禁止等」の規定を、第6条の2と枝番にし、条をそのものを別にしたのかだ。第6条第2項と、項を追加した方が、安全配慮義務を怠っている養護者をターゲットにした条例改正だと伝わりやすい。
 頭がいいはずの記者様がつっこむべきところはそこだ。

虐待かどうかを決めるのは行政

 ABEMAの番組内では、「子どもだけでの登下校」や「子どもにおつかいをさせること」が虐待にあたるのかどうかを、出演者が自民県議団長に質問していたが、そんなことを議員に聞いても全く意味がない。
 なぜなら、虐待の認定をするのは、通告を受ける側の児童相談所や市町村だからだ。通告があれば調査を行い、場合によっては保護者や子どもと直接会い、虐待と認定するかしないかを判断している。そんなことは、どこの自治体のホームページにも書かれていることだ。
 横並びの新聞やテレビが、とんちんかんな理由がそれだ。
 繰り返すが、今回の条例改正案は、子どもだけの留守番を虐待だとは定めていないし、ある事案が虐待かどうかを認定するのは行政だ。
 取材するなら、埼玉県内の児童相談所にでも行って、条例が改正されたら虐待の認定にどのような影響があるかを聞くべきだった。結果的に条例案は撤回されたが、これだけ話題になったのだから、条例が改正されなくても、虐待の通告が増えたら迷惑とでも思っているかもしれない。何せ、改正案の第8条第2項では、「県民の役割」として、虐待を発見した場合には、通告しなければならないとされたのだから。ただし、これも、児童虐待防止法で既に明文化されている。埼玉だろうが東京だろうが何も変わらない。

 最後に、毎日新聞からも記事を引用したい。

(見出し)「生活できない」 埼玉県の“子供留守番禁止条例案”に批判相次ぐ

(記事抜粋)「一人親家庭には死ねと言っているも同然。子育て家庭は今すぐ埼玉から転居することをお勧めします」(中略)
 改正案に罰則規定はないが、子供を預ける環境が身近になければ外に働きに行くことが難しくなることから、一人親家庭の人たちには極めて深刻な問題と映ったようだ。

毎日新聞【デジタル報道グループ】2023年10月7日

 「死ね」なんて誰も言ってねーわ。
 言ってもいないことを言ったというのは、被害妄想だ。人に勧める前に、まずあなたが埼玉から転居すればいい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?