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【掌編】「神」Morning Satellite

閑散な隙間を荒涼とした風が吹きつけ幼き少女はコートの襟を立て身を縮めた。
この暗い渓谷で鉱夫として働く父を想い胸を痛めながら…

「リーン!もう窓を閉めて暖炉へおいで!」
母はこの優しい娘を大切にマフラーで包み
(上等なものではなかったが)抱き寄せた。

「…でもお父様が私達の為に辛い思いで無いか心配で神様に祈っていたのよ、そして今日もご無事で帰ってくれますようにって!」
リーンと呼ばれた少女が祈っていた月が白く氷の様に輝く。
その様は感情溢れる可憐な少女とは裏腹に何故か無表情なものだった。
「…私、一生懸命祈ったのに神様ったら返事もしてくれない…なんでかな?」母は優しく
「あのね、リーン…神に問うてはいけないのよ」
「?」
「神様はすべて正しいことをされるから疑ってはいけないの、さぁ!リーン、食事の支度を手伝って!」母が愛娘を抱擁から解放したと同時に玄関の扉が音を立てた。

「お父様!おかえりなさい!」リーンは弾むウサギの様に父の下へ行くと父は手袋を外しその頭を撫でた。
「今日は良質なマテリアルがたくさん採れたから明日は教会に行こうな」と笑った。
料理を出しながら
「それは良かったですね、あなた」と妻は夫を労い、リーンは
「本当!じゃあ明日はアンブロシアを戴けるのね!わ~い!甘くって大好き!」と喜んだ。

「みんな…神様のおかげで我等は生きている…さぁ、愛をこめて祈ろうじゃないか」

その夜違う場所では男達が荷を運んでいた。
馬車の車輪は軋み轍は深く、その重量を語っている。
「この辺で悪魔を観たって奴がいるらしいぜ!」
痩せた男は煙草を吸う隣の男に話していた。
煙を吐いた後に煙草男は面倒くさそうに答えた。
「…あの聖書に書いてある地獄にいるヤツか?」
「そうよ!人間に近寄ってこう言うんだと
〝アンブロシアを食べてはならない!〟ってな」
煙草男はさらに面倒そうに言った。
「…そらそうだろう?神の食べ物だものそんな事より早く教会にマテリアルを持っていかねぇと」



朝日が窓から神々しく入り私は目を覚ます。
清々しい朝だ。
ここらへんはやはりクセのもので寝なくてもいいとわかっても中々治らない。
事故とかで無くなった身体の一部が痛むという
〝ファントムペイン〟って感じかな?

望むものはすべて手に入り誰もが安全に暮らす。

それが神の箱庭〝EDEN〟この街だ。
何でも出来ると言ったが限りなく欲を捨てた神の使徒と言えるEDENの住人はお互いに争うことも無い。
肉体を捨てて神であるAI〝GOD〟の下にデータとして生きる我々に衣食住は必要ない。
データ故にどんな願いも電脳空間では可能だ。
最初は旧世界(地球)の王となったり、大虐殺の上にハーレム築いたりする者も多いが何でも手に入るEDENではそれも虚しい。
自分以外はモブなのだから。

こうして人間は平和を手に入れたのだ。


宇宙空間の宇宙船外部の何処か
ある男が宇宙服で作業をしている、その横ではいわゆる天使が男を手伝っているようだった。
「…そりゃあすべてがAIで完結はまだ出来ないよ、俺たちがしなければならない、しかしアンタ…」そう言って天使に笑った。
天使は無表情ながら口の端を持ち上げた。
ここは神の箱庭EDENの外部。

とても美しく幼い天使は男に言った。
「…ええ。本当にEDENは退屈…地球上が大破壊された時は大金使って身体を電子化したけれどね」
「アンタみたいに義骸を使って下界に来る人間もたくさんいるのか?地上の奴らはEDENに来たくて地球の採掘資源をGODに献上してんだろ?」

天使は美しい翼を広げ地球を指差した。
「彼処にいるのが本当の人間よ。死ななくても欲望を捨てたものは笑えなくなる」
「美しさの基準は決められているがそうでないものが〝正しくない〟というのは誤りで現在地上で悪魔と呼ばれる存在が本当の人間なのよ」

男はそんなもんかと頷くと地球をみて言った。
「地球と俺には全く関係ない話だな。じゃ、月に戻るよ」
背中には〝EDEN管理局〟とあった。






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