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交流試合に向けた新たなる展望
翌日の土曜日の朝、仕事は休みだったが目が覚めたのは早朝6時過ぎで、平日の勤務日と変わらない時間だった。要するに、僕は交流試合に向けた意気込みが強すぎて興奮して、目が覚めてしまっていたのだった。
僕は道場の生徒達に、試合に関してどう話そうか、どういう風にしたら短期間で彼らを強くしていけるか、などについて考えなければならないことは山ほどあった。でもそれは僕にとっては嬉しいことでもあった。僕がイギリスから帰国して12年もの長い間、心の中に封印していたものがすべて解き放たれたような気分だった。イギリスでも、当時の僕の目標は、ジョージの道場生達より強く立派な生徒を育てることだったからだ。
保谷道場の生徒に勝てるかどうかはこの2か月の練習で決まるけれども、決して十分な練習期間であるとは言えなかった。しかし、だからこそこの短期間にやるべきことが見えてくるし、闘志も溢れるように湧き上がってくるのかもしれなかった。
そしてその日の稽古時間になり、僕は道場生を整列させ正座をし、1分間の黙想をして、
「黙想やめ!」と号令をかけ、道場生全員を立たせた。その日の道場生は全部で28人だった。僕は生徒達に向き合い、
「押忍!」と大きな声で言った。
「押忍!」と皆元気よく、しかも小学生らしいかわいらしい声が体育館にこだました。いつも思うのだが、こんな些細なことでも、それは今の僕にとってはとても新鮮な気持ちにさせてくれることであった。
「これから大事な話があります。2か月後の12月23日に保谷道場の交流試合があります。うちの道場は流派が違いますが、僕が昨日、保谷道場に電話で話を聞いたところ、他流派でも今回は出場できるそうです」と僕は大きな声で言った。すると、少しざわつき始めた。でもみんな笑顔で嬉しそうで隣同士で顔を見合わせていた。
「え、試合に出られるの?」と誰かが言うのも聞こえてきた。
「静かに聞いて下さい!」と僕は冷静にたしなめた。
「押忍!」と一斉に元気な返事が返ってきた。
「この後、出場希望者には申込書を配るから、来週土曜日の稽古日までに提
出して下さい!」
「押忍!」と再度元気な返事が返ってきた。生徒もそうなのだろうけど、僕自身の方がよりいっそう興奮して胸が高鳴っているのだった。素直で可愛いこの子たちを勝たせて、勝つ喜びを知ってもらい、さらに笑顔を与えてやりたい。そして、あの時の保谷道場での屈辱を晴らしたい。そのためにはどのようなトレーニングメニューでやっていけばいいのか。そんな気持ちになって、ふと、あることに気づいた。それは、12年前、イギリスの道場で、
「今度、昇級審査会があるから頑張って練習しよう!」と僕がイギリスの生徒達に語っていた自分自身を鮮明に思い出したことだ。今の道場生の最前列に立っているアレックスの顔を見ると、なおさらあの当時の記憶と重なって見えた。僕は、何か大切なものを再び得たような不思議な感覚に包まれていた。それは、イギリスで果たせなかった自分自身の独立した空手道場の弟子たちを、今再び、自分の意志で動かし、成功に導かせようとしている。この例えようのない充実感は、長年、僕の心の中にあった空洞部分をすっかり満たしてくれていたのだった。
「みんな、気合を入れて頑張るぞ!」
「押忍!!」
道場は子供達の大きくて澄んだ声が響き渡り、僕の気分も新鮮な気分で一杯だった。試合では何としてもあの傲慢な保谷道場の道場主を平伏させるくらいの成績で一矢を報いたかった。でもそれ以上に、そんな結果よりも自分の道場生達が頑張る姿に僕は感銘を受け、それまで経験したことのないような充実感が僕の中で漲っていた。
(~続く)