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私が体験した奇妙な事。其五

ライダーの私が語る。『鎮守の森』

 東京にしばらく住んでいたことがある。移動には込み合う電車よりバイクのほうがいいとバイクに乗っていたが、性に合っていたらしく、やがてオフロードバイクでテントを持って近くの山に出かけるようになった。
 キャンプと言えば聞こえはいいが、昔風でいえば『野営』。走るために目的地まで行ってテントを張り寝るだけ。朝には林道を走るのだ。目的は走ることであり、とにかく眠るところがあればよかった。
 
 都内を離れ、近くの県にあるK湖にはよく出かけて行った。実はここが有名な心霊スポットだと知ったのはかなり後のこと。その当時は、夜になると人もおらず静かな夜を満喫できる所だったのだ。
 その日はいつものようにK湖についたけれど、いつもの林道とは反対側の山の中に行ってみることにした。地図を見ながら道を探すと、ある交差点から急な坂を上ると造成中の道に出ることができた。

 あたりは薄暗くなっている。
 雨の心配はないだろう。どこかテントを張れる場所があれば、張ってしまおう。出来れば林か何か近くにあって、薪でも拾う事が出来れば焚火が出来る。
 満天の星の下、ビールを飲みながらラジオを聞いて過ごすのだ。
 
 少し登り坂を上っていくと、手ごろな森が見えた。
 造成中の道の傍らだ。止めてみると、そこには神社があった。それほど古くもないが、由緒正しい感じの神社だった。そこの鎮守の森は、うっそうとしているわけでもなく、風通しも良い気持ちの良い空間だった。
 さすがに鎮守の森の中にテントを張るわけには行かない。
 森と道路の境目にちょうどよい空間を見つけて、そこにテントを張った。あたりは民家もなく造成中の道のためか車も走らない。
 森の中や、道を挟んである草原の中から薪を拾い、小さな焚火をする。
 バーナーでお湯を沸かし、米を炊き食事をする。
 そして一晩を過ごした。久しぶりにぐっすりと眠れたような気がした。
 次の日は天気に恵まれバイク日和。
 焚火の後は、全くわからないようにごみを拾い集めきちんと元に戻し、来た道を戻りいつもの林道を楽しんだのだ。

 数か月の後のこと、私は再びあの神社の森でテントを張ろうと決めてバイクを走らせていた。道は記憶しているし、地図で確認もしている。
 交差点から急な坂道を登る。ここを上れば右に折れて……
 あれっ?
 出たのは民家の玄関先だった。行き止まり。慌ててUターンし坂を降りる。どこで道を間違えたんだ?
 民家の人がバイクの音に出て来やしないかと焦りながらバックミラー見ていた。
 もう一度道をもどり、地図を確認し、再び交差点を曲がる。やはり民家の玄関先に出る。
 もっと戻るべきか。戻りながら、丹念に見覚えのある交差点を探す。しかし、見覚えのある道は民家につながっていた。
 その日、とうとうおなじ神社にたどり着く事が出来ず、結局以前よく行った林道わきの空き地でテントを張ることになったのだった。
 それから数度、神社にいこうとしたが、もう二度とあの鎮守の森にたどり着く事が出来ない。
 あの神社は本当にあったのだろうか。それとも私は何かの神様を怒らせてしまったのだろうか。
 
ライダーの私が語る。『K湖近くの野営』

 これは、後から気が付いたことだ。
 その日は雨が降り出し、K湖についたころには寒さで震えていた。早くテントを張って一息つきたい。そう考えていた。
 いつもテントを張る場所は林道をしばらく進んだ空き地だったのだが、この日は、林道を入ったばかりのところにある、行き止まり林道に進んだ。
 行き止まりなのだから、誰も来ない。林道の作業員がきてもその頃には出発しているだろう。

 私はいつものテントを張り、バーナーでコーヒーを沸かして一息ついた。いつものように米を炊いて、途中で仕入れたおかずを作る。そして、ビール。
 ベットライトと、小さなランタン代わりのライトで、食事を済ませ、ラジオをつける。雨はやんでいた。薪を仕入れる事が出来ないので、焚火はない。
 ラジオは、電波が入りにくいのか雑音の中から話し声と音楽が聞こえた。

 目が覚めたのは深夜だった。
 どこかで大勢の人の声が聞こえる。
 笑っている声や怒っている声。話し声。
 うるさいなぁ。
 きっと森の向こうには空き地でもあるんだろう。そこに地元の若い連中が集まっているに違いない。音が流れてくるのだ。
 こんな真夜中だから、きっとろくな連中じゃない。それとも、深夜にK湖に遊びに来た連中かも。
 こっちに来てほしくないな。テントが張ってあるのを見て声かけてくるなんてのは勘弁してほしい。
 とにかく寝袋の中でじっとしていた。そのうちまた眠くなってくる。
 次に目が覚めた時には、声はテントの近くで聞こえる。
 まずいなぁ。
 誰も声をかけないでくれ。バイクに触らないでくれ。
 そう願いながら、声が遠ざかるのをじっと聞いていた。
 ふたたび私はうとうとと眠りに落ちる。

 次の日は良い天気だった。
 すっきりとした気分で起きだし、コーヒーを入れる。
 インタントラーメンの麺を半分に割って鍋に入れて朝食。いつもと変わらない朝。
 
 地面は昨日の雨でぬかるんでいた。テントを片付け、雨具を着てバイクにまたがる。泥が前輪から跳ね上がるのだ。
 じき暑くなるだろう。
 荷物をまとめゆっくりと走りだす。
 誰 の 足 跡 も な い 林道を滑らないように走る。
 車のわだちのあともない。
 結局は誰も林道の中には来なかったんだな。

 私は林道を走る。K湖を見下ろす林道の見覚えのあるお地蔵さんを過ぎ、砂利道となったので重い雨具を脱いで風を受けながら走った。前からくるライダーも気持ちよさそうだった。

 これは後から気が付いたことだ。
 テントを張ったのが地図にない林道だったとしても、そんなに距離があったわけではない。
 では、うるさかった彼らが集まった場所というのはどこなのだろう。
 地図で見てもそれらしい空き地やも住宅地などは見当たらないのだ。

 
 
 
 
 

 

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