まっちBOX Street 06 掌編小説
まっちBOX Streetという掌編について
1995年から2001年まで、福井県の無料自動車情報誌に連載していたものです。
当時のデータがあり、そのままの形で転載します。
73編あるのでぼちぼち公開します。
今回は12月掲載ですのでクリスマス関連。なぜかこの年2本書いてますね。どっちか掲載だったのか?
No6 クリスマスレース
アクセルを軽く踏み込む。レビンのタコメーターの針が生き物のように跳ね上がる。よしよし、幸雄は心の中でつぶやいた。
エンジンの音は絶好調。今年の賞品はいただきだ。いや、絶対に手に入れてやる。
「大丈夫?」
みゆきが窓からのぞき込んで言った。ほかの車の音にかき消されそうだ。
「決まってるだろ!!」
幸雄は親指を立てて見せた。みゆきは心配そうに体を引いた。喫茶「ピット」から、今日のレースのことを知らない客が何事かとのぞいているのが見えた。
6時にクリスマスレースが始まる。
バックミラーに「ピット」に入っていくみゆきの姿が写った。なにごとか楽しそうにしゃべっている髭のマスターが見える。
5台の車のエンジン音が一斉に高まった。裕司の彼女のハンカチに神経を集中させる。出口は狭い。ここでトップにたったものが有利なのだ。
ハンカチが振り降ろされると同時に、車が飛び出す。店の前の道路の流れの中に1台づつ飲み込まれていくのだ。
「くそ」
幸雄は、3番目だった。数台前に仲間の車のテールライトが見えた。
「そんなに心配要らないよ」
マスターが珈琲を入れながら言った。
「去年まで東京で学生だったんだ。だから、こんなレースがあるなんて知らなかった。危ないんでしょ」
みゆきがカウンターでほおずえをつきながら言った。
「だいたい、混んでる市内ルートを誰がいちばん早くここへ帰ってくるかっていうレースなんだ。それも、仲間の5人だけの」
みゆきは珈琲を受け取るとゆっくりと口に運んだ。おいしいと思った。
「最初の年が傑作でね。裕司くんが仕事で使っているタウンエースが勝っちゃったんだ。ほとんど運と、ちょっとしたテクニックだけのレース。事故ったらそこでおしまい」
マスターはからからと笑った。
「コースは毎年、私が設定する。たのまれてね。ほどよく混んで、楽しく走れる。たとえポルシェでも勝てないレースだよ」
「でも、賞金がでるんでしょ」
「ひとり、ええっと1万円づつ出し合ってね。5万円。それで一流のレストランを予約してある。もとは、金のない連中がなんとかいい恰好したいって考えだしたことだよ。あとは、ここでパーティーをすりゃいい」
みゆきはためいきをついた。振り返れば、4人の女の子たちがお喋りしたり、珈琲をのんでレースの終わるのを待っている。
誰かは誰かの恋人だが、誰かはさそった男が賞金でレストランにつれていくのを待っている女の子。負けたらすぐに次の男に消えていきそうな女の子だ。
「あたしいやだなぁ。誘われたからきたけど。そんなんで食事しても嬉しくない」
みゆきの言葉に、マスターはにっこり笑った。
「だいたい、ほかの女の子を誘えばよかったのよ。あたしなんか誘わないでさ」
「そうですか。幸雄君が女性をこのレースにつれてきたのは初めてですよ」
マスターの言葉にはっとした。
幸雄とは高校以来の付き合いだが、それほど意識したことはない。妙に気が合うから電話もかければ手紙もくる、意識しないこともないがただの友達だと割り切ってきたのだ。
「あいつ、なににこだわってたんだろ」
「あなたに、じゃないんですか」
マスターは不思議そうに言った。
交差点でやっとミラターボに並ぶことが出来た。短い直線でその差を詰めたのだ。相手は軽さで勝負しているのだろう。軽とはいえあなどれないのだが、やはりここ一番のはやさはレビンにある。もっとも、腕とタイミングにもよる。
信号が青にかわる。飛び出すと自分のいる右レーンの流れが悪いことに気がつく。幸雄は舌打ちをした。またミラの後ろに入って抜くタイミングをはかるのだ。
「ちきしょう。2万円。2万円だぜ」
賞金に出すお金はひとり2万円なのだ。それで予約してあるレストランと、予約してあるホテルの部屋代をだしてもおつりがくる。もちろん、ホテルの予約は5人だけの秘密だった。
そんな事がばれたらちょっとやばいと誰もが思っていた。
「下心みえみえ。自分が予約しておいたふりしないとな」
メンバー中一番のナンパ師・裕司の言葉だった。
幸雄はそれにうなずきながらも、もし駄目でも残りでプレゼントを買えると思っていた。高校から想いつづけていたみゆきに、今年こそは告白するのだ。もう、いい友達でいるのはたくさんだ。そのきっかけが欲しかった。
「ほい、いただき」
左折の車にブレーキを踏んだミラの横を、タイミング良くすり抜ける。少し強引だったが、うしろの車は別に怒ってもいないようだった。
レースしているといってもわからないようなレース。何故かみんなこのレースでは無理をしない。そうすることで逆に遅くなることがあるのを本能的に知っているのだ。
車の流れを読む。これがこのレースのポイントだった。
あと、前を走っているのは今回最大のライバルになる裕司の新型シビックだけだ。
シビックのテールランプは、すぐ目の前にある。
「迷惑なんですか」
マスターは痛いところをついてくる。みゆきは点滅しているクリスマスツリーを眺めた。
「そうじゃないけど。なんとなくぴんとこないんだな。何故、いい友達でいられないんだろうと思って」
「友達は友達だからじゃないですか」
マスターはにっこり笑った。手際よくカウンターに小皿とフォークを並べていく。大きなケーキが用意してあるのだ。
あと勝利者を祝うシャンパンがある。
マスターが言った。
「かまえなくていいんじゃないかな、そんなこと。幸雄くんが好きなのは、そのまんまのあなたですよ。あなたはいつものあなたでいればいい」
マスターはにっこり笑った。
「なるようになりますよ。それに、こんなイブの夜に、どうしてここにいるんですか」
「そりゃ、暇だったし……」
「とにかく、彼にもチャンスを上げてください。彼は、きっかけがほしいんですよ」
シビックは強敵だった。軽くなったレビンもスポーツする楽しさがある。でも、シビックもまた、良く走るのだ。
ことごとく抜くチャンスを失って、幸雄は焦りはじめていた。もう、ゴールの「ピット」のネオンが見えた。
目の前の車が左のレーンに移動する。
一気に、シビックの斜め前を走っている一般車の白いクラウンの後ろにつける。シビックの前を走っているのは参加者の紺のアルト。このまま行けばアルトの前に出れるチャンスがある。
「ほれ、がんばって走らんか」
幸雄のレビンはクラウンの後ろにぴったりとつく。めったにやらないパッシングを浴びせた。
それが裏目に出た。クラウンはスピートを上げるのではなく、左レーンに普通に道を譲ろうとして減速したのだ。
「くそう!」
幸雄は叫んだ。と、同時にシビックが減速したのがわかった。
「よおおおし」
クラウンは、アルトの後ろに入った。目の前はクリアーだ。アクセルを踏む。これでトップのはずだった。
「遅かったわね」
みゆきはうなだれている幸雄にいった。ノンアルコールのシャンパンをなめるように飲んでいる。
「レースに夢中でゴールを通りすぎちゃうなんてね」
みゆきは楽しそうに笑った。幸雄が、赤くなった。
「勝ちたかったんだ。勝てたと思ったら、通りすぎてた」
シビックの裕司が、冷やかされながら店から出ようとしていた。これからレストランへ直行だ。ほかのメンバーから、クラッカーを鳴らされて紙吹雪を浴びていた。
「どうして勝ちたかったの。言ってみ」
みゆきはいたずらっぽく言った。
「それは君とリッチな食事してさ……」
「どうして」
幸雄は言葉に詰まった。
みゆきは笑いをこらえていた。
幸雄は不機嫌そうにつぶやいた。
「君に好きだといいてたくて」
「ほら、勝てなくても言えたじゃない」
みゆきの言葉に幸雄は顔をあげた。ほほえんでいる彼女の顔がそこにあった。
マスターがケーキを切ると宣言している。店に笑いが溢れていた。いいイブの夜になりそうだった。
No6について 1995年12月
クリスマスにレースする。といっても渋滞の道を走ってくるだけなんですが。まんがにはしたほうが分かりやすいですね。これは。
出てくるお店を定番にしようかなんて考えてたなぁ。