私が体験した奇妙な事。其六
ライダーの私が語る。『後ろからくる車』
ずいぶん前の話だ。
私の住むF県は北と南が峠でつながっている。その昔、汽車は峠を避けて海岸近くの線路を走っていたという。今は、長いトンネルが出来てその峠の下を快適につなげているのだが。
海岸線ちかくの線路は、やがて道路になり、たくさんのトンネルがある道となった。それでも、大きな道路とは離れているので通る人はめったにいない。その道路に出るだけでも、迷子になりそうなくらいだった。
そこにあるトンネルの一つは、細くて車一台しか通れない幅しかないうえに、途中で何度か曲がっているのだ。入口からは出口が見えない構造だった。
トンネル出入り口には信号がある。
青なら入れるが、赤ならやってくる車を待たなければならない。
私は、入口でバイクを止めて信号が青になるのを待っていた。前にも後ろにも車はいない。
やがて信号が青になる。向こうからやってくる車はいないようだった。
初めてだったので恐る恐るトンネルに突入する。
バイクのマフラーから出る排気音が反響する。
中は真っ暗だった。
ライトも何もない。頼りになるのはバイクのライトだけ。
トンネル内部は曲がっている。前も後ろも、外からの光は見えなくなる。暗闇の中を走っている気分。もしここでこけたら? あるいは後ろからの車が突っ込んで来たら?
言いようのない不安がふとよぎる。
しばらく走るとバックミラーに明かりがちらりと見えた。
私はホッとする。後ろから車が入ってきたのだな。
ちらちら明かりが見えた。
ひとりではない安心感に、心は軽くなってくる。
トンネルから出ると、日の光がまぶしく爽快だった。空気まで澄んでいるいるようだ。
私はバイクを止めて、あたりの景色を楽しんだ。
そのうちふと気が付く。
後ろからくるはずの車はどうしたのだろう。
一方通行のトンネルだ。そのうち出てくるはず。
途中で引き返すことは絶対にできない。
でも、車は出てこない。
あの明かりは、ほんとうに車だったのか?
私は来た道を戻らず、そのまま走り続けることにした。
後日談だが、友人がその道を車で走ったらしい。トンネルの写真をSNSにアップしていた。その写真にはしっかりオーブが写っていたのだが、何も言わないでおいた。
そのトンネル群はいまでは文化財らしい。
ライダーの私が語る。『視線』
バイクで走っていると誰かの視線を感じることがある。何気なくそちらを見ると、たいていお地蔵様か、誰かのお墓がある。そのまままた視線を元の道に戻すのだが、なぜかそういうものらしい。
車だとまずそういうことはないので、バイクに乗っているときだけ限定なのだ。
まだ若い時だが、いくつかの林道をつないでキャンプしていたことがある。
キャンプ場でテントを張ろうと思っていたのだが、時間があったので次の日に走る予定の林道に向かった。キャンプ場にこだわらない奴がいっぱいいた時代だ。
思ったより林道まで距離があったので入口に着いた時には薄暗くなっていた。早くテントを張れる場所を見つけなければ。
しばらく走ると、ぽっかりとあいた空き地があった。バイクのライトでは広さまではよくわからないけれど、テントは張れそうだ。
私はバイクを止めて、エンジンをそのままかけたままにして、その光の中でテントを張ることにした。バイクを下りて、荷物を止めている太いゴムの紐をほどき始めた。
なにかおかしいな。
場所の関係もあるので、あたりは暗くなっている。
しかし、あたりに民家の明かりはない。でも、誰かに見られている気がする。
視線を感じるのだ。でも、きっと気のせいだ。このまま荷物を降ろせば…
私は手を止めた。
やはり、何か変だ。
私は荷物をおろすのをやめて、もと来た道を戻ることにした。゛分ながら素早い決断だった。あのキャンプ場まで行けばいい。そう思っていた。
次の日、気持ちの良い朝をキャンプ場で迎え、私は再び昨日の林道に戻ってきた。
しばらく走ると、空き地があった。周りの木の様子も覚えている。
ここでテントを張ろうとしたんだなと思い、その空き地に入ってみた。
見ると、空き地の向こうはなだらかな山の斜面だった。
その斜面にはずらりと墓石が並んでいた。