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音楽と写真と感性と__

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「大人になる」というのは、自分の行動や言動、そして選択に「責任を持つ」ことなのかもしれない。

    • 今頑張れば、未来の自分が喜ぶから。

      • 人生22年目で思うのは、結局最後は“自分”ってこと

        何かをするもしないも最終決定は自分 誰かに何かを相談しても結局決めるのは自分 だって自分の人生だから。 私にしか決められないし、私にしか決定権はないんはずなんだよ何事も 自分の行動や発言に責任を持つ 自分の人生に責任を持つ それは、自分で決定・判断をし続けるということ自分の選んだ道を、正解にしていくということ どんな選択を取っても、誰のせいにもしない。 自分で決めてきたことだから。

        • ペンを走らせる日々

          直感や感覚を信じて生きてきた21年間だった。 だけど、大人になればなるほど、そんな目に見えないものだけではどうにもならないことがどんどん増えていく。それがしんどくてしんどくて仕方がないんだ。 私は、私の心が赴くままに生きていきたいだけなのに。 どんなことにも理由がなければならないのか、この世界は。 いやぁ、私に言語化するような能力がないから生きにくいのか。迷いと葛藤と、不安と。 自分のことが知りたくて、自分と向き合いたくて、ただ必死に書く毎日。 私のことを、私が一番分かっ

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        「大人になる」というのは、自分の行動や言動、そして選択に「責任を持つ」ことなのかもしれない。

          空っぽ。

          大学生活の青春が不協和音を奏でながら崩れていったのは、つい最近のことだった。 その空間が、そこにいる人たちが大好きだから、この人たちのために頑張ろう、努力しようと思えたし、それがモチベーションでもあった。 でも今では、自分がそこにいる存在意義が見い出せなくなってしまった。 誰のために、何の為に頑張ればいいのか分からない。頑張り続ける目的を見失った。 そうして、改めて私という人間は自分のためではなく「誰かのため」を活力にして生きているんだなと気付いた。自分軸になりたい。。

          空っぽ。

          noteに綴る理由

          友人からの薦めではじめたnote。 日頃から私の頭の中はごちゃごちゃで、憶測にはなるけど多分私は人より“よく考える人”だと思う。 本当に色んなことを常に考えているけれど、それらはいつも頭の中だけで完結してしまっている。いざ、その考えたちを口に出そうとすると、うまく言語化できなくて、まとまらないことも多々ある。 これらのことから、私がこのnoteに文章を綴る理由は二つ。 まずは、これだけ普段から考えることに時間を費やしているのに、それらを頭の中だけで完結させてしまうのは勿体無

          noteに綴る理由

          私って人間はどうしてこうも抽象的なんだろうか。理由付けが出来る、筋道の通った発言のできる人になる。なります。

          私って人間はどうしてこうも抽象的なんだろうか。理由付けが出来る、筋道の通った発言のできる人になる。なります。

          学生を終えるまでに、友達をモデルにして自分のカメラで作品撮りをする。

          学生を終えるまでに、友達をモデルにして自分のカメラで作品撮りをする。

          将来の話

          大学生活も折り返し地点に来て、流石にそろそろ「将来」について真面目に考え始めてるわけだけれど・・・ 私の“興味”はあらゆる方面に分散している。 音楽が好きだし、写真も好き。あとインテリアも。大学入学当初はブライダル業界に就職したかった。 でも今はマーケティングにも興味がある。 どうせ仕事にするなら、どうせ給料が発生するなら、好きなことを仕事にしたいというのは、誰もが考えることなのかもしれない。 私もそんな思考回路を持つ人間のうちの一人だ。 でも、趣味と仕事は違う。 そ

          将来の話

          私の心が踊る🩰 レトロ ヴィンテージ キラキラ ギンガムチェック ガーリー フリル レース 淡いピンク色 淡い水色 ゴールド あたたかい色彩 好きなものに囲まれて生きていたい。

          私の心が踊る🩰 レトロ ヴィンテージ キラキラ ギンガムチェック ガーリー フリル レース 淡いピンク色 淡い水色 ゴールド あたたかい色彩 好きなものに囲まれて生きていたい。

          理解すること と 共感すること

          接点なんか無さそうなこの二つの言葉たち。実は深く繋がっているんじゃないかとこの頃思う。 「考え方」は人の数だけあって、すごく合う人、反対にまったく合わない人もいる。 日々「人」と関わって生きている私たちは、時に自分の考えとはまったく異なる考えを持った人と出逢うことがある。 そういった状況に遭った時、あなたはどうしていますか? 話は次のようなサイクルで行われると私は思う。 ①相手の考えを聞く→②理解しようとする→③「共感」できるかの判断をする 考え方が合う人と話すとき

          理解すること と 共感すること

          強くなるには

          弱い人間はずっと弱いのかもしれない でも強くはなれる 強さを足すことは出来る それは自分と周りの環境次第 自分は弱いからといって弱い人間と一緒にいるなら自分はきっと弱くなるし弱いまま。 何か一つ強くなりたいなら強い人間と一緒にいること カッコよくなりたいならカッコイイ人間と一緒にいること もし 周りにそんな友達がいないなら、俺らがあなたたちの友達になるから、いつでもここに戻っておいで 私が世界一尊敬しているロックバンドのライブMC。彼が口を開けばその度に私は救われている。彼

          強くなるには

          人が生まれてから死ぬまで一生かけても欲しい物 それは愛だと思う。愛しかないと思う。

          人が生まれてから死ぬまで一生かけても欲しい物 それは愛だと思う。愛しかないと思う。

          「あなたがいなきゃ生きていけない」なんてことはないけど、「あなたがいたら生きることがより楽しくなる」と、そう思ってるよ。

          「あなたがいなきゃ生きていけない」なんてことはないけど、「あなたがいたら生きることがより楽しくなる」と、そう思ってるよ。

          大切な人

          美味しいものを食べた時にあの人にも食べさせたいなと思う人 美しい風景を見た時にあの人とも一緒に来たいなと思う人 私の大切な人は、忙しない毎日のふとした瞬間に、好きだな、今何してるかなと一番に顔が浮かぶ人 初めて彼の顔を見て、彼が笑った瞬間、身体に電気が走ったような感覚に陥った。 その時はそれの正体が何なのかよく分からなかったけど、後になってああ、これが恋に落ちるってことなのか。と思った。 一目惚れだった。 名前以外何も知らないのに、何故か私は恋に落ちた。 それからは

          大切な人

          一歩踏み出す勇気を

          悪口。ちくちく言葉。言われたらただ単純に、傷付く。心にグサッと、棘が刺さる。 じゃあ逆に、褒められたら? 相手にされて嬉しかった・楽しかったという感情や、大好きだよという愛情表現。 普段から、伝えられているだろか? 「素敵だ」と思ったことや「褒め言葉」って、素直にならないと伝えるのに勇気がいると思う。 だから、つい伝えるのに抵抗してしまって、羞恥心が勝ってしまって伝えられないってこともあると思う。 でも、もしそれができたら人との関わりが良好になる。心が、温かくなる

          一歩踏み出す勇気を