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あの夜のこと④

簡易なソファとPCの乗ったデスクのある小部屋に通される
廊下も含め、周辺は恐ろしく静か

わたしが荷物を降ろして、椅子に腰かけるとすぐに、廊下を急ぎ足で近づく音
けれど私のいる部屋を通り過ぎて、隣の部屋に入っていく
お医者様とそれに受け答えをする男性の声
言葉の端々にパパと同じ症状のような感じ
落胆するうめき声と、深いため息が聞こえる
お医者様が処置室に戻られるとすぐにその男性が廊下に出てきた
パパと同じくらいの年齢の方
救急で運ばれてきたのはこの方のご家族だろう
廊下の隅でどこかに電話をする声がかすかに聞こえた
(連れて帰ってあげられるといいね。。。)
自分も同じ状況だけど、見知らぬ方の無事を祈ってみたりした

周辺が一瞬静かになったとき、また誰かが足早に歩く音
今度は私のいる部屋に入ってきた
お医者様のよう
手早くデスク上のPCを立ち上げながら、今の状況を説明してくれる
難しく、また聞きなれない用語だったのであまり頭に残っていないが
痛みと苦しさがあったので、お薬で沈静している、、、とかなんとか。。。
PCの画面に何かの画像を映しながら、すごく簡単に大動脈解離とは、の説明をしてくださり、そのうえで
「ご主人は非常に難しい状況である」と。。。

非常に難しい状況であるが、年齢がまだ若いので、できる限りのことをするべきだと思うので、今手術の準備をしていること、そして仮に手術がうまくいったとしても、おそらく話すこともできずいわゆる植物状態になるであろうことも説明された

「はい、はい」と淡々と返事をするわたしに、初めて先生が振り返って
「手術の同意書にサインいただけますか?」と言われた
本当に、本当に、万に一つでも、【大したことない】という答えになりはしないかな、というわずかな望みが完全に断たれてしまった瞬間、私は目を閉じ、その時はじめて涙が出た

それまで(思い返しても驚くレベルで)淡々と冷静に受け答えをしていたわたしの涙を見て、一瞬驚いたような、息をのむ音が聞こえたが、すぐに手慣れた様子で数枚の書類を簡潔に説明し、わたしも次々にサインをしていく

手術は早くても6時間くらいかかるから、ここにいても良いが、長いのでいったん帰ってもいいですよ、みたいなことを言われた(と思う)
(え?そうなん?そんなもんなんかな?)と思ったが、サインした書類をまとめてつかむと先生は足早に処置室に戻っていったので、何も聞くことができなかった
(そうは言うてもここから離れたくはないな、、、)と考えていると、すぐまた足音が聞こえた

今度は看護師さん
「今沈静で眠っていますが、手術前に会われますか?」とのこと
もちろん会いたいので、ついていく

処置室(というか手術の前室みたいなところ)に
いくつかの管につながれたパパが横たわっている
服は汗がひどかったので処置する間に切ってしまったということで
(おパンツはわからないが)裸のまま
呼吸器の音がスコーッスコーッと鳴っている

「今から手術になるので、励ましてあげてください」とお声がけくださった
「電話して子供たちの声を聞かせてやってもいいですか?」と聞くと
「ぜひ、ぜひ!」とのこと
さっそく息子に電話をして、ざっと今の状況の説明をし、パパの耳元に受話器をあてる
彼らがパパに何と言ったのかわからない
きっとパパには聞こえていたと信じる

わたしも彼の裸の腕や胸をさすりながら、ひとしきり話しかけた
そしてまた退出を促される
後ろ髪をひかれる思いで、静かにパパのもとを離れ
元居た小さな部屋に戻る

(さて、いまから手術の間どうしよう。。。)
(とりあえずここにいようかな。。。)
などとぼんやり考えながら、いずれにしても明日自分の会社を休まなければならないので、できるうちに、と思いながら夜中ですが上司にメッセージを送っていたところ、再び足音が聞こえた

バタバタッと音がするほど急いで部屋に入ってきた先生は今度は私の前の椅子に腰かけ、わたしのほうを向いて
「手術の準備中に急変し、出血がひどい」
「輸血をしながら心臓マッサージをしている」
「かれこれ10分、15分経過している」
「しかし戻ってくる様子はない」
「あと10分ほどチャレンジしても難しいようなら、そこで蘇生は止めても良いですか?」と

(うん、そっか、、、)
「はい、ありがとうございます、十分だと思います」と返事をした
(とんがったものが苦手なパパ、切られる前に自分で終えたんだな。。。)
そんな風に思いながら、また手術室のほうに戻る先生の足元を眺めていた


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