「型なし」と「型破り」から考える私たち歯科衛生士の成長ストーリー〜基本を大切に、その先の可能性を探して〜(「型なしとは?)
はじめに
歯科衛生士として日々の業務に取り組む中で、「型なし」と「型破り」という二つの言葉について深く考えさせられることがあります。一見似ているようで、実は大きく異なるこの二つの概念は、私たちの専門性と患者さんへの対応に重要な示唆を与えてくれます。特に医療現場において、この違いを理解することは、専門家としての成長と患者さんへの最適なケア提供に直結します。
「型なし」とは
「型なし」とは、基本的な作法や手順を習得していない、あるいは守れていない状態を指します。これは単なる技術の未熟さだけでなく、医療従事者としての基本的な姿勢の欠如を表すこともあります。
歯科衛生士の業務における「型なし」の具体例
1. 基本的なプロトコル違反
手洗いやグローブ交換のタイミングを誤る 診療前後の適切な手洗いの省略や、患者さんごとのグローブ交換を怠ることは重大な感染リスクを生みます。特に口腔内の治療や器具の交換時、異なる処置への移行時にグローブ交換が必要です。WHOの手洗い手順に従った正確な手洗いと、処置内容に応じた適切なタイミングでのグローブ交換が基本です。
器具の滅菌処理手順を省略する 各器具に定められた滅菌処理手順(洗浄→乾燥→滅菌パック→オートクレーブ処理→保管)の一部を省略したり、滅菌時間を短縮したりすることは絶対に避けるべきです。特に超音波スケーラーチップやハンドスケーラーなどの再使用器具は、完全な滅菌処理が不可欠です。また、滅菌済み器具の使用期限管理も重要な要素です。
診療室の清掃・消毒が不十分 診療チェア、スピットン、ライト、作業台など、患者さんごとの徹底した清掃・消毒は基本中の基本です。特にユニット周りの目に見えない飛沫や血液・唾液の汚染に注意が必要です。また、診療終了後の床清掃や環境整備も感染予防の重要な一環です。消毒薬の適切な希釈濃度や接触時間の遵守も必須です。
感染予防の基本動作が身についていない マスク、ゴーグル、グローブなどの個人防護具(PPE)の適切な着用順序や、診療中の無意識な顔面への接触、使用済み器具の取り扱いなど、基本的な感染予防行動が習慣化されていないことは大きな問題です。特に、感染性廃棄物の分別や針刺し事故の予防など、スタッフ自身の安全にも関わる重要な基本動作の習得が必要です。
2. 患者対応の不備
説明時の専門用語の多用で理解を妨げる 「歯周ポケット」「プラーク」「スケーリング」といった専門用語を、適切な説明なく使用することは患者さんの理解を妨げます。患者さんの年齢や理解度に合わせて、分かりやすい言葉に置き換えたり、模型や写真を使用して視覚的に説明したりする工夫が必要です。専門知識を持たない方にも理解しやすい説明方法を身につけることが重要です。
患者さんの質問や不安に適切に応答できない 治療内容や予防方法について、患者さんからの質問や不安の表明に対して、十分な説明や適切な対応ができないことは信頼関係を損ねます。特に初診時や新しい治療開始時には、患者さんの不安や疑問に丁寧に向き合い、十分な説明時間を確保することが重要です。また、説明後に理解度を確認することも必要です。
予約管理が杜撰で待ち時間が長くなる 治療時間の見積もりが不適切で予約が重なったり、緊急患者の受け入れ体制が整っていないために待ち時間が延長したりすることは、患者さんの信頼を失う原因となります。また、予約変更の連絡や調整が不十分な場合も問題です。適切な診療時間の設定と、効率的な予約管理システムの運用が求められます。
患者さんの既往歴や現病歴の確認不足 問診時における既往歴や服薬情報の確認が不十分だと、重大な医療事故につながる可能性があります。特に、高血圧や糖尿病などの基礎疾患、アレルギー歴、現在服用中の薬剤(特に抗凝固薬)などの確認は必須です。また、これらの情報を適切にカルテに記載し、チーム内で共有することも重要です。
3. 技術的な問題
スケーリング時の器具の持ち方が不適切 ペングラスプやモディファイドペングラスプなど、基本的な器具の持ち方が正確でないと、適切な力のコントロールができず、歯面への損傷や患者さんへの痛みの原因となります。また、術者自身の手指の疲労や障害にもつながります。正しいポジショニングと安定したグリップの習得が必要不可欠です。
的確な力加減ができず、患者さんに苦痛を与える スケーリング・ルートプレーニング時の過度な力の使用や、不適切な器具の操作角度は、患者さんに不必要な痛みを与えるだけでなく、歯周組織への損傷を引き起こす可能性があります。特に、部位や歯石の性状に応じた適切な力加減の調整が重要です。また、患者さんの反応を常に観察し、必要に応じて処置を中断する判断も必要です。
X線撮影時の適切な防護措置の欠如 放射線防護の三原則(正当化、最適化、線量限度)を無視した撮影や、防護衣の不適切な使用は、患者さんとスタッフ双方に不必要な被曝をもたらします。撮影の必要性の判断、適切な防護具の使用、正確な撮影位置の設定など、基本的な放射線防護措置の徹底が重要です。
器具の取り扱いが粗雑で破損リスクが高い 高価な医療器具の乱暴な取り扱いは、器具の早期劣化や破損につながるだけでなく、診療中の事故リスクも高めます。特に、シャープニングが必要なハンドスケーラーや精密機器の適切なメンテナンス、保管方法の遵守が重要です。また、破損や不具合を発見した際の迅速な報告と対応も必要です。
4. 記録管理の不備
カルテ記載の漏れや誤記 診療内容、使用した薬剤、患者さんの反応など、必要な情報の記載漏れや誤記は、適切な治療の継続を妨げるだけでなく、法的問題が生じた際のリスクにもなります。特に、インフォームドコンセントの内容や患者さんからの訴えは、詳細な記録が必要です。また、修正を行う場合の適切な手順の遵守も重要です。
治療経過の記録が不明確 歯周組織検査の結果や治療経過、患者さんの口腔内状態の変化などが不明確な記録では、治療効果の評価や次回の治療計画の立案に支障をきたします。時系列での変化が分かる記録方法や、写真等の視覚的資料の活用が重要です。また、他のスタッフが見ても理解できる明確な記録の作成が必要です。
重要な観察事項の記載忘れ 治療中の患者さんの体調変化や訴え、異常所見などの重要な観察事項の記載忘れは、次回の治療や緊急時の対応に影響を与える可能性があります。特に、血圧の変動や気分不良の兆候、治療に対する反応など、医療安全に関わる重要な情報は必ず記録する必要があります。
患者情報の適切な管理ができていない 個人情報保護法に基づく患者情報の管理が不適切な場合、情報漏洩のリスクが高まります。電子カルテのパスワード管理、診療情報の外部持ち出し制限、患者様の個人情報を含む書類の適切な保管と廃棄など、情報セキュリティに関する基本的なルールの遵守が必要です。また、スタッフ間での患者情報の取り扱いに関する教育も重要です。
おわりに
ここまで、歯科衛生士として避けるべき「型なし」の状態について、具体的な例を交えながら見てきました。基本的な手順の軽視や、患者さんへの配慮不足、不適切な技術対応、そして記録管理の不備など、「型なし」の状態は私たち歯科衛生士の専門性と信頼性を大きく損なう可能性があります。
これらの「型なし」を理解し、意識することは、プロフェッショナルとしての第一歩です。基本をしっかりと身につけ、日々の業務で実践することで、患者さんにより良い医療を提供することができます。
次回は、基本をしっかりと習得した上で新しい価値を生み出す「型破り」について考えていきます。単なる基本の逸脱ではない、創造的な「型破り」とはどのようなものなのか、歯科衛生士としての専門性をどのように高めていけるのか、具体的な事例とともにお伝えしていきたいと思います。
みなさんも、まずは基本の大切さを再確認しながら、その先にある可能性について、一緒に考えていけたらと思います。
次回の「型破り編」もどうぞお楽しみに。