勝手な思い込み。

先日、小学校の運動会があった。ヒトメタニューモウイルスになってから、運動会に出られるのかひやひやしたけれど、なんとか参加することができた。

開会式のラジオ体操もなんだかぎこちないし、団の応援も拍手のみ。遊戯と玉入れがいっしょになったプログラムも、隣の子のダンスを真似しながらもよく踊っていた。ただ終始、暗い顔で過ごしていたのが印象的だった。

その日は朝から『走りたくない』と嘆いていた。
『ぼくが1番!』『絶対に勝つ!』と競うような子になるのは避けたかったので『順位は関係ないよ。どれだけ頑張ったかが大事だよ』と私は常々言っていた。
そのせいなのか、子どもは競ったり、争ったりすることが嫌いな子どもになってしまった。

よく小さい子は走る競争をして、どちらが速かったというものだが、息子は違った。
『ぼくはそういうの嫌い』。
勝ち負けも嫌いで、順位をつけられるのも嫌いという、子どもになってしまったのだ。

いざ徒競走の時。
今回は身長の順で走るようで、息子にも期待できるかも!と子育ての方針とは裏腹に勝ち負けにこだわっている私がいた。

『よーい…パンッ!』
音にびっくりしたのか、あたふたして出遅れ、駆け足をする息子がいた。
『遅っ!』
思わず声が出た。

入園前、子どもとふたりで坂を走っていると、市の走ろう会に携わっている方から『この子はフォームがいいね!いい走りをしている』と称賛していたのが私の心にずっと残っていた。
入学後も担任の先生から『休み時間、外で遊んでいないのに、タイムがいいんですよ』と皮肉にもとれる表現で教えてくれた。

フォームは相変わらず素晴らしいのだが、ひとりだけのんびりジョギングしているような走りだった。結果は言わずもがな。
去るときはそそくさと保護者席の目の前をさっと走っていった。
団のテントに戻ると、同じ学年の子が何位だったか、確かめたのだろう。『5』と手のひらを友だちにみせていた。

なんなのだろう…この虚しさは。
普段、休み時間は読書か室内遊びをしているので他の子より体を動かしていない分、遅いかもと覚悟はしていたけれど、私の想定外だった。

私は小さい頃から走るのが得意だった。
特に短距離は得意分野だった。でも私も周囲の期待や評価が嫌で、運動会や大会前には『嫌だなー』とよく言っていた。
どちらかといえば、運動神経は母方に似ると聞く。
どうして…?

ふつふつと『悔しい』という思いが沸いてきた。

応援に来てくれた義母が『私が運動苦手だったから』と私を慰める。

閉会式後、子どもを迎えに行き『運動会に出られてよかったよね。とっても頑張ったね』と伝えた。そう思う反面、あの徒競走の結果に納得がいかない私がいた。
家に近づいてきたとき『競走しよう』と子どもを誘った。
いっしょに走り始めた途端、息子は足が何かにひっかかり、アスファルトの上で転んだ。膝をひどく擦りむいてしまった。申し訳ないのと、何ですぐ転ぶんだろうとやるせない気持ちになった。背負って家まで行くと『走らせてごめんね』と伝えた。

数日後、実家に行く機会があって、両親に運動会のことを話した。
かけっこで最下位になった子どもをみて、私は悔しかったことを、対して子どもは負けても悔しがってないことを伝えた。

すると父が『俺もビリだった。ずっとね。でも6年生かな?小学校最後だからさ、せっかくなら1番なりたくて夏休みに走る練習したんだよ。それで1番になれた』
中学のときは長距離選手で、高校や社会人になっても好きなスポーツを熱心にしたり、私が幼い頃、自宅にもバーベルがあって身体を鍛えていた父がだ。
私が走るのが得意なのは、父の血なのかなと勝手に思い込んでいた。

運動会の徒競走で私が走り終えると、必ず父が一眼レフのカメラを構えて待っている。同じ走った組の子と肩を組み、着順札を見せている写真を撮ってくれた。私は誇らしげに笑っていて、いまみても笑顔になれる写真だ。

マラソン大会前『最近太ってきたから、ランニング付き合って』と父に頼まれ、夕食後にいっしょに走ったこと。
走り方をアドバイスしてくれたこと。
大会でいい記録が伸びなかったときも励ましてくれたこと。
帰りの車で当時のことがフラッシュバックして、勝手に涙出てきてしまった。

そうだ、私はみんなが喜んでくれるから走っていたんだ。

記憶があるのは、保育園の運動会のときだ。かけっこをして、1番になった。
お昼のお弁当を家族で食べていると、大好きな祖母がにこにこして『とびっこ速かったねー』と褒めてくれたのが、きっかけだと思う。
大好きな祖母が喜んでくれた。ただ走るだけで喜んでくれるなら、私も嬉しい気持ちになれた。

私はどうだろう?
子どもが得意なこと、好きなことに共感しているだろうか。
私とは違う子どもに、勝手な思い込みで『私』を押しつけてないだろうか。
大好きな人が喜んでくれる、ただそれだけで子どもは夢中に励めるんだ。


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