掌小説「1960年の夏」
written by Shinta SAKAMOTO
-ある瞑想家の手記-
Date 20??.9.28
Place 瞑想図書館
昨晩、家に帰ってきた時、家の前の空き地に小さな警察車両が停まっていた。空き地のひと区画に、いくつかの目印が貼られていた。
私は特に気にすることもなく、妻と夕食を食べて、早々と眠りについた。
今朝、散歩から帰ってきたら、家の中に一人の見知らぬ子が入ってきていた。3歳くらいの坊主頭の男の子だ。
妻が「私が言っても出て行かないの」と嫌に焦燥している。
「勝手に人の家に入ってくるんじゃない!」と私は、怒って言った。
2階からその子の兄弟らしい二人も降りてきた。無表情のまま、私を見ている。沸々と怒りが湧いてきた。
「家は聖域だ。人の聖域に勝手にズカズカ入ってきちゃいかん!」
子どももたちは、おずおずと家から出て、原っぱにかけていった。その後ろ姿を見ながら、再度私は叫んだ。
「君たち自身も自分の聖域をちゃんともちたまえ!」と怒号をあげた。
一息つこうとリビングに戻ったら、窓の外に、家の前に警察車両が止まるのが見えた。
「はて、昨晩もいたな。」
と、気になって、私は外にでた。
車両からは、二人の男が降りてきた。一人は、古めかしいコートに身を包んだ刑事らしい男で、もう一人は若くTシャツを着てカメラを首からぶら下げていた。あのカメラマンは2年ほど前に、近くの役所で見かけたことがあった。
「ああ、どうも」と声をかけると、刑事の方の男が、
「あすこの植物がねえ」と意味深に尋ねて、私にタネを渡した。パシャリとカメラがひかる。
「あれ、見てください。大麻なんですよ」
私は、拍子抜けして、
「そうなんですか、こんなところに」と言った。
「いやあ、なんですか、大麻については知ってるでしょう」と刑事がいう。と
刑事が、私たち、この家の住人が大麻を育てているのでしょうとでも言わんばかりの雰囲気に、私は気がついた。
「CBDや、麻の医療効果については知っていますよ」
と、私は言った。
「いや、そういうことでなく」
刑事は私のいうことなどお構いなく、玄関の入り口まできた。
「まあ、あなたということでしょうがありませんね」
私は、絶句した。今、突然、私がこの植物を育てているということになり、私の言葉などどこ吹く風で、嘘の事実が作られていく。
若いカメラマンが、嫌に鋭いシャッターを押している。
バシャバシャバシャ、バシャリ。
警察車両が停まった付近に、近所の住人が集まってきた。ほとんどが何故か見たことのない人たちだ。彼らの表情がまるで、正気に欠けることを不快感を抱いた。
「では、家の中で待機していてください」
と刑事は、100年前から決まっていたセリフのように固く言った。私は、押されるようにして玄関の中に入れられた。
私は、冷静さを取り戻そうと水を飲み、キッチンのテーブルに座った。
全く心当たりもない事柄で、いきなり私はほとんど犯罪者のレッテルを貼られかけている。
「しかし、この現実もまた私自身の反映だ。私が作っている世界だ。これには何かしら意味があるはずだ」と思考についていくように、私は声にしてその言葉を、発していた。
ものの数分で、家の周りに、建築現場の足場のような風貌の囲いができていた。玄関を開けようとしても、あかず、玄関の窓から、「許可なく出入りを禁ずる」と記された標識が、こちらを向いていた。
ざっざっざっざ
どんどんどん
足音がすると、玄関がバンとあき、機動隊の装備をした数十名の隊員が、2列で一歩もズレることなく家の中に入ってきた。私は、一体なんの茶番だと思いつつ恐怖を感じ、キッチンの方を見た。
ガスコンロの前に立つ、妻が泣いている。
私は、泣く妻のことを見て、こんな世界はおかしい!私が望む世界と全く違う!こんな世界は私の反映ですらない!と、先ほどの言葉を破壊するように、深い腹の底で叫んだ。
バシャリ!!
「はーい、そこまで、そこまで」と、陽気な声が聞こえると思うと、刑事たちも機動隊も、カメラマンも消えていた。
「いやあ、いかがでしたか、1960年の夏は」
キッチンテーブルに座っている私に、経験豊富なドクターの声のような安心感に満ちた声が話しかけた。
私は、不可解さに包まれながらも、安堵の気持ちが芽生えてきた。
「ああ、まず、これを飲みましょう。緑を先に、そして赤を次に飲んでください」
私は、言われるがままに、二つ物の錠剤を飲んだ。
「ハーブティーをどうぞ」
どことなく、この人、先ほどの刑事の男に似ているな、と思いながら、ハーブティを飲んだ。
「はて、確かCBDほか、麻の人体へ有効成分やその医療的な効用の研究は2010年代に入ってから一般化して行ったのではなかっただろうか?」
「いやあ、これはあくまで擬似的な1960年の夏のツァイトガイストを、ああ、”時代精神”ってやつを意識の上で体験するものです。あなたの中の夢と共同で作り上げる幻夢ですから、細かいセリフや歴史的事実は、適当なもんですよ」
彼の声が少しずつ遠ざかり、私は、自分が今瞑想図書館の、シアタールームにいることを思い出した。
すると、私が「自分の家」と思っていた周りの景色もきえさり、シアタールームのコクーン内に寝転がっているのに気がついた。そこには、ドクターもいなければ、ある特定の意識状態を体験するコクーンの内部の真っ白な柔らかい壁に生えた細かい産毛が見えるだけだった。
ハーブティーもそこにはなく、幻夢の終わりを知らせ、目覚めを促すハーブの香だけがコクーン内に漂っていた。