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商標と言語学が交流し始めた ━ 第31回日本商標協会年次大会研修会に参加して

福岡で開催された第31回 日本商標協会 年次大会の研修会に出席して参りました。

午後の部は西村雅子先生が集めた皆様による、商標の世界に言語学の知見を持ち込もうという試みで、聞いたことのない概念をいくつも学びました。

ご発表者のおひとりの堀田先生は、「DNA鑑定の精度が高まって刑事事件等の証拠として採用されるようになったように、言語学にも権威付けが必要なんだ」という趣旨のことをおっしゃっていました。
裏付けとなる論理的説明を組み上げるためにも、これをきっかけに皆様があれこれ議論していくことが望まれます。
私も言語学の素人なりに考えていきたいなと思います。



■堀田秀吾さんの『商標の言語分析モデル』というご発表を要約すると

●協調の原理の4つの公理(量・質・関連性・様態)とされるものに沿った場合は「無標(注目されない)」、違反した場合その部分が「有標(注目される)」となる。
●商標における内在的「識別力」とは言語学で言うところの「有標性の度合い」と近い概念であり、識別力を持つ商標は有標性を含むと考えられる。
●よって、ある商標について識別力があるのか?どこに識別力があるのか?を言語学的なアプローチで判断するには、商標を構成文字ごとに分解して、それが組み合わされる中でどこにどんな有標性が認められるのかを分析するという手法が考えられる。

というご提案だったと理解しています。
様々な商標の実例をその手法を用いて分析してご説明いただき、理解しやすく整理されていました。
有標という言葉は便利だなと感じまして、これから使っていきたいと思いました。

さらに実験を行って、音韻・意味のルール違反の有無の違いによって、その単語が日本語として成り立つかの判断にかかる時間の違いを確認し、公理違反の態様が判断時間に関係することを証明していらっしゃり、論理的に理解することができました。

言語学的分析の限界についても述べられていましたが、もっと広い応用範囲に繋がるのではないかと期待を抱きました。



■五所万実さんの『商標言語学の試み ― 結合商標の分離性に関する一考察(ゲンコツメンチ・ゲンコツコロッケ事件)』というご発表では、「ゲンコツメンチ vs. ゲンコツ」のような、AB vs Aタイプのいわゆる複合語型の文字結合商標の類否判断で肝となる、分離性の判断について言語学のアプローチをご紹介されました。

●前提としてゲンコツメンチ・ゲンコツコロッケの各事件について

ゲンコツメンチ事件で知財高裁が「メンチ」の語が「メンチカツ」を表す名詞として全国の取引者需要者にそれほど普及しているとはいえないとしてゲンコツの部分を分離して観察することが認められず、
ゲンコツコロッケ事件ではコロッケの「コ」の字がやや大きいこと、コロッケが一般に広く知られていることから「ゲンコツ」と「コロッケ」を分離して観察することが取引上不自然と思われるほど不可分的に結合しているとはいえないとして分離観察が認められた。
・ゲンコツメンチは  一体性があり、ゲンコツに支配的印象なし
・ゲンコツコロッケは 一体性なし、ゲンコツに支配的印象あり(ゲンコツの方がコロッケより識別力が高い)という判断がなされた。

ということをご紹介いただきました。


●そしてこれらが両方「ゲンコツ+食品」という語形成ながら、なぜ「ゲンコツコロッケ」のみ分離観察がされたのかという疑問をたてて本題に入られました。

●ここで様々な概念をご紹介いただき、とても勉強になりました。

・名詞+名詞の使用頻度が高いと構文となり容認性が高くなる。

・頻度には語の変化のバラエティの多さを表す「タイプ頻度」と、よく使われる度合いを表す「トークン頻度」がある。

・語構造を意識しやすいことを「解析性が高い」という。

解析性が高いほど分離性が高いとされている

・形容詞+接尾詞の例では
greatness (great=語基 ness=接尾)の方が
truth (true=語基 th=接尾)より分解しやすい。
happiness (happy=語基 ness=接尾)の方が
business (busy=語基 ness=接尾)より分解(分離)しやすい。

→同じつくりでも、語構造の解析性(分離性)は単語によって異なる。

語基+接尾(接辞)を例としたご説明でした。
接辞とはそれ単体では意味をなさず、常に他の語につく語のことだそうです。(接辞のうち後ろにつくものが接尾)

解析性(語構造の意識しやすさ)についてはとても分かりやすく、確かにビジネスの語基がbusyだとはあまり意識しませんが、ハピネスというときに語基がhappyだということは意識している気がします。

「解析性が高いほど分離性が高まる」や「解析性(分離性)」というご説明については、分離性の定義が分からずのみ込めませんでしたが、ある商標がどのような個別の要素から成り立っているかを需要者が解析しやすいほど、個別部分を分離して観察する可能性が高まることは想像できます。


●次に、解析性を判断する要素となり得る要素について生産性をご紹介いただきました。

生産性=どれほど多くの語基と結びつき新たな語を作り出せるか?
(拡大的)生産性=一度しか出現しない単語(派生語)の数

一般的に、生産性が高いと解析性も高い(高まる)
なぜなら様々な単語に頻繁(かつ規則的)に使用されるため、語内部の構造が認識されやすくなり、解析性が高まる

コーパスに一度しか出現しない単語(hapax legomena)の数
形容詞+ness=21個
形容詞+th=13個
つまりthよりnessの方が新しい単語を頻繁に生み出しており生産性が高い。

一般的に生産性が高いと解析性も高まる
→happinessの方がtruthよりも解析性が高い

このnessと th の比較についても素人ながら気になってしまいました。

「ness」で終わる語は、ほぼ例外なく
①語基+接尾の抽象名詞(例:happiness)
でしょうから、人々はnessで終わる語に接したときにそう認識するでしょう。

一方「th」で終わる語には、
①語基+接尾の抽象名詞(例:truth)以外にも、
②数字+接尾の序数詞(例:fourth、fifth、sixth、seventh…)や
③もともと「th」で終わる語(例:math、booth、mouth、tooth)
と複数のパターンがありますから、thで終わっていても直ちに語基+th(接尾)と認識するとは限りません。

このように複数のパターンがあることが語構造の解析を困難にしている可能性があり、「生産性が高いと解析性が高まる」というよりも、解析性の低さが生産性を制限しているとも考えられます(伝わりやすい造語を作る際に選択されない)。

そうすると生産性と解析性の間にある程度の相関関係があったとして、生産性が解析性に対して支配的な因子ではないのではないかという疑念が残ります。

「”一般的に"、生産性が高いと解析性が高い」というご説明について、「相関関係が認められる」に過ぎない話なのか、因果関係まで一般化できるのか、どのような条件下では一般化できるのか整理されないと、生産性を根拠に解析性を判断することは乱暴といわれてしまうでしょう。


●次にこの生産性が高いと解析性も高まるを前提にメンチとコロッケへのあてはめをご紹介いただきました。

生産性から測る本件商標の分離性
前提条件:
・派生語も複合語も構造を持った複合表現という意味で同等に扱える
・複合語の主要部である「メンチ」「コロッケ」を語基と考える
(・生産性が高いと解析性も高まる)

「○○メンチ」のhapax logomenaの数:124個
「○○コロッケ」のhapax logomenaの数:658個
→つまりコロッケの方が新しい語を頻繁に生み出していて生産性が高い
→「○○コロッケ」の方が解析性(分離性)が高い

これについても様々な考えが浮かびます。
メンチとコロッケで生産性が異なることはその通りだと思いますが、この生産性の差は解析性に影響を与えるのでしょうか?
私は以下の理由から異なる意見を持っています。


○○コロッケの「コロッケ」とは、茹でて潰したジャガイモやクリームソースに挽肉や野菜などを混ぜ合わせ、丸めてパン粉で包んで揚げた料理です。

材料の限定が緩く、「カニクリームコロッケ」「カボチャコロッケ」「和牛コロッケ」など、○○の部分に様々な材料を入れることができ、もちろんその他の特徴を入れて「ひとくちコロッケ」「東京コロッケ」「揚げたてコロッケ」などとして使用することもできるでしょう。

一方○○メンチのメンチとは、ご説明があった通りメンチカツレツを略したもので、
・メンチはminceのカタカナ異表記(ミンチ、メンチ、ミンス)の一つで、
・カツレツとはパン粉をつけて揚げた料理のことです。
つまりメンチ(=メンチカツレツ)は「メンチ(材料)」+「カツレツ(料理)」であり、「ミンチされた肉にパン粉を付けて揚げたもの」という限定されたものを指す語なのです。

メンチ(=メンチカツレツ)には材料の縛りがあるため、○○メンチの○○にはなんでも自由に入れられるわけではないのです。
材料は基本的にミンチ肉と期待されますから、「和牛メンチ」「豚メンチ」はあり得ても「カニクリームメンチ」「カボチャメンチ」等の派生には向きません。一方「ひとくちメンチ」「東京メンチ」「揚げたてメンチ」などとして使用することはできるでしょう。

このようにメンチの生産性の低さは材料の限定によるものと、コロッケより一般的な言葉ではないという要素の複合的な結果であると考えられます。
メンチは材料の限定により生産性が低いのではないかという話は会場で五所さんに申し上げました。

この生産性の低さが解析性に影響しているのかというと、説明が難しいのではないでしょうか。


メンチの方がコロッケより解析性が低いとすればその要因については「th」と「ness」と同じことが言えるのではないかと考えます。
つまり生産性ではなく、語基を含む語構造に複数のバリエーションがあると、解析性が低くなるということです。

・コロッケの場合は
①語基+コロッケ(料理名)=料理名
(例:和牛コロッケ、ひとくちコロッケ、東京コロッケ)
と一つしかバリエーションが無いのに対して、

・メンチの場合は
①語基+メンチ(メンチカツレツの短縮形として料理名)=料理名
(例:和牛メンチ、ひとくちメンチ、東京メンチ)
②語基+メンチ(ひき肉を意味する語)=ひき肉の名前
(例:和牛メンチ、鳥肉メンチ、合挽メンチ、粗挽きメンチ)
③語基+メンチ(睨みつける意味の語)=睨みつけ方
(例:恐ろしいメンチ、冷酷なメンチ)
(④メンチという語になじみがなくそもそも理解されない場合がある)
と様々な場合があり、バリエーションの多さに起因して解析性が低い可能性があります。
この事例でも生産性と解析性の因果関係は小さいでしょう。

なお、ゲンコツメンチ事件で裁判所が言っているのも、①が弱く④もあり得るという話だと思います。


最後に、相対頻度についてご紹介いただきました。

相対頻度=語基の頻度/派生語の頻度

相対頻度が高いと派生語が語基を通じてアクセスされ、解析性が高まる。
相対頻度が低いと派生語が一つのまとまりとして記憶され分解されにくくなるため、解析性が弱まる
happy/happiness=6.28
busy/business=0.097
相対頻度が高い方が解析性が高いため、happinessの方がbusinessより解析性(分離性)が高い

これはbusinessがbusyとはもはや関係ない様々な意味を持った結果派生語の使用頻度が高くなり、派生語が一つのまとまりとして記憶され分解されにくくなったということで大変よく理解できました。

しかし、ゲンコツメンチ・ゲンコツコロッケに当てはめようとすると早速コーパスに収録されていないという壁に当たったということで、相対頻度の概念を商標の世界でどう使うのかについては考えてみたいと思います。

私見ではセカンダリーミーニングの獲得の判断には使えるのではないかと期待しています。
例えば「アップル」という語が、リンゴを指して使われる頻度と、ブランドを指して使われる頻度を比較して、ブランドを意味することの割合が多くなっていたらアップルという言葉にセカンダリーミーニングが備わったと判断できるのようなイメージです。


以上理屈の面では納得できない部分について批判的になってしまいましたが、商標の判断に使えることがいろいろとありそうですので、今後の議論を通じて盛り上がっていくと良いと心より思います。
言語学の応用、面白そうです。

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