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夏 第108回 ロランの『魅惑の魂』から

 彼のいままでの人生は恋愛とは無関係だった。フランスの多くの人は、この種の無知(恋を知らない)を話すことを敬遠しているし、恐れている。彼らは才気ある人の気楽なジョークを喜ぶが、それで精神の気高さが得られることは、けっしてありえない。無知なる者も、そこから生まれて数多くいる。それは桎梏(不条理)の犠牲者たちなのだ。宗教が求める慎み、道徳的清教徒主義、あるいは心に潜む弱さ、さらには(そしてこれが最も多い)自分を捨ててまでもなさねばならない仕事、の最高の時期であるはずの青春を奪う多くのもの、貧しい生活、強制される勉学、愛を下品なものと捕らえる慣習、こうしたものが多くの無知を生みだすのだ。それらの人に来るべきもの(異性)… それが来るはずもない… そこには北に住む人間の心の目覚めの遅さも考慮しなければならないが、これは予断ではない。未来の情熱の力は予測できないが、集めて貯めておくものがここにある… この事例が多すぎる。だが過ぎ去っていく幸せな青春は、この人々を気にすることもない。無知なるものは、からのままでいる! 彼らはそのまま止まっている。ジュリアンは知性でしか、ほとんど人生を知っていなかった。
 貧しいが、勤勉な中流家庭の出身で、家族は両親がいるだけだった。父親は下級の教師で、働く以外の何も知らずに死んでいった。母親は息子の成長にすべてを捧げ、息子も母に心を尽くした。 ―宗教への親しみから育んだ、信心と儀式に忠実でカトリックで、リベラルな考え方をする、 …それは単調な生活の繰り返しに過ぎないが、良心の喜びと習慣で冷静に営まれた、 …政治にはまったく関心をもたず、公の場に出る行動を嫌悪し、宗教を崇拝して、隠れた、内的な、家庭生活を好むのだった、 …謙虚であることが美徳となることを知っている、つつましく謙虚な魂なのだ。そしてその心の底には、詩の花が咲いていた。

つづく

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