
夏 第166回 『魅惑の魂』第2巻第2部
子どもはもうすぐ七歳になるところだった。心配だった環境の変化も、彼は容易に受け入れていた。彼にとってそれは単なる変化であって、快・不快は問題ではなかった。そして彼も、子蛇のように皮を脱ぎだし始めていた… 当たり前のように、恩を忘れていく幼少時代だった! シルヴィに可愛がられ、彼女に褒められたことももすべて(彼女は子ども対して自分の力を確信していたが!)、いまの彼にはなくても構わないものだった。何であっても子どもは、四十八時間も経てば考えもしなくなる。
子どもが喜んだり、嫌がるのは、大人が思っているようなことではない。 アネットはマルクに母親として構っている時間が少ないことを気にしていた。だが彼自身は新しい生活の中で、リセに通いながらも構ってもらえないひとりぼっちの時間が楽しくてならなかった。
アネットは人口が過密なモンジュ通りの小さな六階を住まいにしていた。階段は急で、部屋は狭く、外からの騒音が聴こえていた。けれども屋根の上には空間があった。これは彼女にとってなくてはならないものだった。騒音が彼女を悩ませるようなことはなかった。彼女はパリジャンで、パリの乱雑を気にはしなかった。雑踏にに慣れていて、それすらも彼女には必要だった。そんな混乱の真っただ中で彼女は夢、空想はますます多くなっていた。おそらく彼女の性格も成熟とともに変化したにちがいない。肉体的な生命と規則的な仕事、それたがいままでの彼女が未体験だったバランス感を教え、彼女に精神的な落ち着きを与えていた。彼女自身はそれがいつまで続くものかは解らなかった。それらがいつまでも続くものではないのは当然だった。