
夏 第185回 『魅惑の魂』第2巻第2部
夏のある日だった。マルクは窓際で遊ぶわけでもなく佇んでいた。そして何気ないことだが蠅を捕まえることができた。彼はそれから蠅の羽をもぎ取ってしまった。蠅が脚を震わしているのを観るのが面白かった。彼は危害をあたえているつもりは少しもなかった。それは生きたおもちゃで、壊すのにお金はかからなかった… そんなところを、母に見つかってしまった。驚いた彼女は、怒りを抑えることができなかった。彼の肩を掴んで揺さぶって言った。「坊やが、こんな卑劣なことをするなんて… お前は嫌しい卑怯者になりたいの?」
「もし腕を折られたのがマルクだったらどうなると思う? この虫だってあなたと同じなんだよ。あなたと同じように苦しんでいることがわからないの?…」
彼は笑ったふりをした。だが内心は驚愕していた。母が言ったことは、彼には思いつかないことだった。こんな虫けらが自分と同じだなんて!… 彼は虫けらに同情なんかしてなかった、そうする気持ちもなかった。だが彼女の言葉は彼に別の眼を与えていた。不安と反感が入り混じった眼で蠅を見つめていた… そして思いだしていた。路上に倒れた馬… 轢かれて叫んでる犬… 彼はいろんな情景を思い浮かべていた… だが知ろうとする要求も強すぎた。同情が目覚めることも、まだ難しかった…