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母と息子 212『魅惑の魂』第3巻 第3部 第12回

承前

 こうして彼は自分の思想に潜む悲劇を、フランス風の皮肉で覆いぼかしながら語っていった。それは彼女にとっては絶望的なものでしかなく、無慈悲にさえ思われるものだった。そこに登場しているのは暗黒の世界だ。この地上では今、生きている者のために太陽が笑っているのが事実だった。だからこそ彼の世界観が対照的に暗いものになっていた。彼は世界創造の当初から誤りがあったことに気づいたのだ。さらに彼はそれが修復できるものとも思いもしていなかった。それにがアネットの情熱的な本能が反抗していた。彼女は悪も善も現実であることを知っているからこそ、それらを情熱的な生命(いのち)が散りばめられた空間のキャンバスに心で投影したのだ。いまの大戦争に彼女は、たしかに参加はしている。だが彼女自身は、勝つことはまったく考えてはいなかった。だが勝つことは彼女の目標ではなかったが、戦うことは彼女の目標はだった。彼女にとって間違っているものは、ほんとうに間違っているものでしかなかった。彼女の敵は、間違いを犯す悪だった。彼女がそうした敵と妥協することは一切なかった。
 すべての悪を相手のほうに置き、すべての善を自分のほうに置けば、戦うことも容易かもしれない。しかしジュルマンの青い瞳は、魂を奪い去らっれたように一途にこのすべてを愛情深く愛撫していた。彼が観ていたのは、まったく異なる戦場だった! クリシュはクリシュナと戦う。そして、その戦いの結末が生か死か、完全な破滅かは全く定かではない。ジュルマンは相互の無理解を、普遍的なもの、永遠のものとして捉えた。そして彼は参加する機会がなかった。彼には、自分の考えにはイエスと言い、他人の考えにはノーと言わないという、致命的な才能があった。なぜなら、彼は他人の考えを理解していたからだ。そして彼は、それを変えようとするよりも、それを貫くことに重点を置いていたのだ。

*クリシュナ(Kṛṣṇa、कृष्ण、サンスクリット語で暗い、青黒い): ヒンドゥー教の中心的な神である。ヒンドゥー教の多くの伝統では、彼はヴィシュヌ神の八番目の化身(化身)である。ガウディヤヴィシュヌ教の支持者にとって、彼は他のすべての根源にある最高の神性を表している。クリシュナはインドで最も尊敬される神であり、クリシュナ崇拝に捧げられた多くのバクタ(信仰)サンプラダヤ(伝統)の創始者でと云われる。

つづく


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