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夏 第154回 ロランの『魅惑の魂』から

「あの男は、ほかから迫られなければ、決断できないんだよ。手がないことはないよ。強引にでも受け入れさせれば良いはずさ! そうなれば後で彼は、あなたに感謝するはずよ」
 しかしアネットは、そんなことは考えられなかった。後になってから、ジュリアンがいつか自分と結婚したことを(たとえ彼が口にしなくと)、責めるかもしれないと思うと、残るのは大きな苦しみしかなかった。どうにもできないこの男の性格の弱さ、不安定な精神が観えてしかたがなかった。これはこれからも変わることがない。彼女はそう思ったとき決断することにした。これ以上の不毛な苦しみを続けないようにと、彼女はジュリアンへの手紙に書いた。彼女も苦しみ、彼も苦しんだ。だが彼らにはそれぞれの生活があった。彼女は子供のために働かなければならなかった。そして彼にも彼自身の仕事があった。彼女はあまりにも長い期間を、それから彼を遠ざけていた。二人は互いに相手の義務を奪い合っていた。二人の余裕は多くはなかった! 二人が最初に望んだことは互いに分かち合うことだったのではなかったのでないか。言葉にならなかったとしても。だがそれできなかった。だからこれからは、せめて互いを苦しめないようにするしかない! それは、もう二度と会わないこと! これからの彼女は、これまでの彼に感謝を続けるだろう。
 ジュリアンからの返事は来なかった。それからは沈黙が続いていた…
 互いに観ることはできなかったが、恨み、後悔、傷心の情熱が葛藤していた…

つづく

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