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夏 第328回 『魅惑の魂』第2巻第3部第48回

 二人はその「一人の女」には、まだ何も話してはいなかった。
 アネットは誓っていた。フィリップがそのことをノエミと話すまでは、彼と供に暮らすことを考えることはしない、と。だが情熱の力には、それを上回るものがあった。情熱とは時間を指定できるようなものではない。フィリップの情熱が、押し寄せていた。その気配に気づいたアネットは、押しとどめようとしていた。彼女は、彼のなかに強い執念を観るのだった。
 フィリップはノエミには何も教えずに闇の中に放っておくことに何の躊躇もなかっただろう。真実を彼女に伝える義務が自分にあると考えるほどには、彼は彼女を尊敬もしていなかった。だが言わなければならなくなったとき、彼は躊躇することなく言うに違いない。かれはある意味では優しさが欠けた男だった。そして情熱に囚われてしまったときの彼には、他の存在などは無いに等しいものだった。彼がノエミに対して抱いた愛は、貴重に仕舞っておく奴隷女に対する飼い主のそれなのだった。彼女は彼にとってはそれ以上の何でもなかった。多くの女たちと同じように、彼女も当然のようにそれに耐えていた。奴隷であっても主人を捉えていれば、彼女の力を超えるものはなかったのだ。彼女はすべてだった。 …彼女の存在が無でない日々であれば。ノエミはそれをよく知っていた。しかしそれは、ここまでの彼女の若さと魅力で保たれていたことも確信していた。その後のことなんか考えてもしかたない。彼女なりの警戒を持ちながら… フィリップに一時的に不倫があったことも気づいていた。彼女はそれを特別なこととも視てはいなかった。なぜなら、彼女はそれが長く続くものではないことが、よく解っていたからだった。彼女は何も言わずに、小さな復讐をして悦にいることもあったの。一度だけだが、フィリップの不倫が腹立たしくってしかたなく激しい欺きを彼に与えたこともあった。だが、そこからは彼女には喜びなどまったく生まれずに、嫌悪感を僅かだが抱かせる結果になった。だが彼それは女にはどうでも良いことだった! 彼女はそれで気持ちに整理がついた。その後、彼女は夫にたいして以前よりも優しを誇示するようになっていた。彼女は彼にキスをしながら、ある言葉を思う喜びを感じていた。

つづく

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