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母と息子 204『魅惑の魂』第3巻 第3部 第4回

承前

 アネット・リヴィエールがそうした環境に招待されたということは、多くにとってはとうぜんのに驚きだったかもしれない。しかしアネットには驚きはなかった。彼女には生まれながらして相手が貴族であろうとなかろうとそこに距離を見るようなことはなかった。事情はこの土地にあった。この土地の住民にとって距離を感じるのは実際のところ、ド・シャヴァンヌ家とド・セイジ家にすぎなかった。それはルイーズ・ド・マレイユ夫人とジェルマン・シャヴァンヌの二人だけが住民に距離を感じさせる権利をもつ唯一の存在だったといえる。二人はその家名のために祖国からは大きな代償を払わされていたと言っていいだろう。だから二人は、この土地では例外的な存在とも観られていた。アネットがそれを理解するには数日をかけなければならなかった。
 シャヴァンヌの家は、大聖堂のふもとの曲がりくねった道沿いに建った灰色の壁の古い邸宅だった。その周囲はほとんど静寂に囲まれていて、それを破るのは、ときおり聴こえてくる鐘の音や白嘴鴉みやまがらすの鳴き声に過ぎなかった。正門は漆が塗られたオーク材で作れらていた。そしてよく磨かれた錠だけが冷たく光っているのが目立っていた。そこを抜けると、舗装された道が中庭を横切っていて、そこを通って本館に着けるようになっていた。邸宅の窓は四方を灰色の壁に囲まれたていた。中庭には木の葉も草の葉も一本もないようだった。それはもしかしたら街に帰ったときの違和感を小さくするための配慮なのかしれない、この地方の貴族やブルジョワたちは、自分の領地や田舎の家で何ヶ月も過ごした後、都会に戻ると自然がまったくないことに憂鬱になってしまうのではないだろうか。それを避けるために、他にも自分たちを見つけられないように、自分たちを壁で囲もうとするのだと思われた。シャヴァンヌ家の人たちはここで冬の数か月間だけを暮らすだけだった。しかし今の戦争という事件が彼らの生活に変化を与えだしていた。公共の奉仕に参加する義務や、息子の病気などのために、将来が明確に観えるまでは町に定住することを決意したらしかった。

つづく

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