ボリュームを一つ上げる 〜緑黄色社会〜
深夜に散歩しながら街と人を眺めて空想をする時間が好きだ。
街で1番背が高いビル、中には一体どんな生活があるんだろうか。
まだ光がついてる、泊まり込みで仕事をしてる人がいるのかもしれない。
お疲れ様です、あなたみたいに陰で頑張ってる人がいるおかげで会社は今日も安泰なんだと思います。
部活ジャージでランニングをしてる高校生、赤信号を一緒に待つ。
ただ人知れず、淡々と、かましてやるぞと思っているんだろうな。誰にも見えない場所でひたむきに続けるその努力が君のこれからの人生で何らかの役に立ってくれることを心から願います。
コンビニ弁当を食べているウーバーイーツの配達員さん、昼も夜も馬車馬のように自転車を走らせているわけだから消費するカロリーは相当なものだ。
最近友達が話していたウーバーイーツの配達員は就職難民が多いという話を思い出した。未曾有の時代となった昨今のイス取りゲームは否が応でもイスの優劣が出るんだろう。イスの高さが合わなくて立ち退いてしまった人達にとってサドルの高さを自由に変えられる仕事が応急処置としてあるのはありがたいことなんだろうな。
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日の光を浴びてる人よりも、そうでない場所で頑張る人をどうしても応援してしまう。
そう思うようになったのは僕が深夜帯営業のダイニングバルで働き、Uさんというキャバクラ嬢に出会ってからだった。
19時〜0時の間に来るお客様は若い人やカップルが多かったけれど、それ以降の時間は風俗店やガールズバーで働いてる人がほとんど。
正直な話をすると、昔はそういう場所で働いてる人たちは低層概念が乏しくてお金にがめつい人間が働いてる場所なんだろうという固定概念があった。
Uさんは週に1回くらいのペースで必ず来るお客様だった。必ず1人で来店し、いつもパスタと烏龍茶一杯を頼んで食べ終わったらすぐに帰るというルーティンがある。
スタッフの間でもちょっとした噂になってたのでその日は思い切って声をかけた。
話してみると、思ったよりもすぐ打ち解けた。
その時に初めてキャバクラで働いてる事を知った。
「いつもありがとうございます、美味しいです。このお店を週に1度の贅沢にしてるんです。」
驚いた。
キャバクラという仕事をしてる人は毎日ブランドの服を買い漁り、毎日ステーキなどの高くて豪勢なご飯を食べて、毎日マツエクをして美を保ち続ける。湯水のようにお金を使っている人ばかりだと思っていた。その人物像があったせいなのか、丁寧で温度の籠った言葉が妙に頭の隅に残って離れなくなった。
Uさんはシングルマザーとして女手一つで2人の子供と生活をしてるという苦労人だった。
家族や親戚との折り合いがあまり芳しくないが故に自分1人で子供達を守る決断をし、夜の道に進んだらしい。
出勤する前に子供は24時間稼働の保育所に預け、夜はキャバクラの嬢として子供を育てるための生活費を稼いでる。週に一度だけの贅沢として仕事が終わった後に店に来て日替わりパスタ一皿と烏龍茶を飲んでそそくさと子供を迎えに行く。
コミックだったら間違いなく主人公だ。どれだけ過酷な道を歩いてきて、どんな心境でこれまで生活と向き合ってきたのか、話を聞く中で僕はこれまで自分が感じてた固定概念が途端に恥ずかしくなった。
僕は世間を全く知らなかった。
戦ってる人は人知れずにずーっと戦ってる。
緑黄色社会はUさんが好きなアーティストだ。聞いていると元気が出るよと僕に教えてくれたのがきっかけで僕もよく聞くようになった。
「真夜中ドライブ」を聴くとUさんを連想する。歌詞の随所から面影を感じるからだ。
生きていく中でみんな必ず大きな決断をしていて。それは進学だったり、結婚だったり、就職だったり、いろんな気持ちを胸に先々にある未来を想像して選んで進む道を選ぶ、片側一車線なのか、高速道路なのか、もしかしすると道路整備がされていない場所なのか、それは人によって違うと思うけれど、誰しもが車を走らせてる。
自分以外の誰かのために生きる道を走るというのはどんな気持ちなんだろう。
2つの大切な命を守るために日の光を浴びない場所を走り続ける。
煽り運転、幅寄せ、もしかすると逆走車とすれ違ったりするかもしれないような道だ。
ただただ大切な子供のためにアクセルを踏み続けるのは本当に強くて、逞しくて、立派だ。
そんな素敵な人の特別な時間の中に「僕の作った料理」という項目が在るということが素直に誇らしくて嬉しいと思った。
風俗店やガールズバーで働く人にはそういった境遇の人が多いことも教えてくれた。社会に対してコンプレックスを抱えていたり、親との折り合いが悪かったり、女手一つで子供を育てている人はかなりいるらしい。
昨今、夜の店は完全に悪者だ。
「家にいましょうってみんな頑張ってるのに、お酒を飲んで騒いでバカみたいだ」というのが世間のざっくりとした言い分なんだろう。SNSやニュースで見た言葉だけを集めると、おそらくそんな感じだ。(飲酒によって気分が高揚して起こる飛沫感染のエビデンスも含まれてると思います。)
「そのクラクション、ちょっと待ってくださいよ」と喉から出そうになる。
Uさんの覚悟はどう落とし所を付ければいい?自分を投げ打ってでも大切な子供を守ろうとしたその気持ちは悪なのだろうか?
残業に精を出すサラリーマンも、部活を一生懸命頑張る高校生も、必死な思いで生活をつなぐウーバーイーツの配達員も。子供のために自分を投げ打ってでも働くキャバクラ嬢も。みんな等しく、大切で掛け替えのない生活がある。
何が悪で何が善かを決めること自体がそもそも違う。
だって何が起きようと生活があるんだから。
こうやって感情的に何でも考えてしまう自分は稚拙だし非効率だと思うけれど、いわゆる「自分には影響がない人間」の乏しい想像力で発する冷徹な言葉も同じくらい稚拙だと思う。僕は前者で有りたい。
つくづく思う、誰しもみんな痛みと経験からしか学ばない。
ハンドルを握って、時に脱輪して、エンストして。そこからまた学ぶ。そうやって運転はできるようになるが、それでも事故を起こすこともある。その度にああしておけばと後悔するんだ。
だからこそ学ぶ。
勉強する。
本を読む。
熱のあるものを見る。
人に学ぶ。
最後は必ず傷から学ぶ。
痛みを知ってる人間しか信じない。
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それにしも、Uさんは今どうしてるんだろうか。ここ2年くらいの間会っていない。元気にしてるんだろうか。
壮絶な生活とは裏腹に明るい人だったから、今でも元気に頑張っているんだと思いたい。
そういえば。今月、この街に緑黄色社会がライブをしに来る。Uさんは行くのかな?
こんな時だからこそ大好きなアーティストのライブに行って少しでも元気になってほしい。JPOPは今みたいな時にこそ1番効くものだと身を持ってよく知ってる。
思えば、音楽は戦う人間の耳で鳴っている時が1番輝いてるように思う。
それが仕事なのか、部活の練習なのか、人付き合いなのか、それは人によって違うと思うけれど。誰しもが送る生活は必ずしも楽しいだけのはずがない。
決して楽しいとは言えない時間を一緒に戦うことができるのは間違いなく音楽の素敵なところの一つだ。
Uさんは常に前向きだった。節度の分からないお客さんの相手が大変でさーと話す傍で必ず子供の話を楽しそうにしていたし、何よりも夜の世界に居ることに対してあまり引け目を感じていなかった(ように見せてただけかもしれないが)のも印象的だった。
高い収入があるおかげで子供も自分も生活時間以外は不自由のない生活をしていると話し、仕事に感謝してるように見えた。
自分も見習わなきゃいけないなと思い、色んなものに感謝するようになった。人は知識が増えるほど感謝できるようになるんだなぁ。
とはいえ。最近、僕はまだまだ若造だなぁと思った出来事がある。
沢山の人の生活があり、いろんな生き方があるんだと分かったとしても、ウーバーイーツの配達員さんがタバコを吹かしながら街のベンチを占拠してるのがどうしても解せない。
いつも美味しい料理を届けてくれるウーバーイーツ。
家で食べてる時、本当に店と配達員さんに感謝の気持ちでいっぱいになる。
なのに、その光景を見た瞬間に「はー、座りてーなぁ。」とか思ってしまう自分がいる。
いつか、こっそりサドルを高くするイタズラをしてやると心に誓った。