中山間地を放棄することのリスク
平地での農業の方が規模拡大もしやすく効率的なんだから、中山間地みたいな非効率な場所での農業生産なんかやめちまえ、という意見を耳にすることがよくある。しかし私は、もう少し慎重な方がよいかもしれない、と考えている。平地での農業の歴史は意外と浅いからだ。
戦国時代末期まで、平野部で水田を行うことは難しかった。平野は沼地になっていて、病気の巣窟みたいに思われていて、人の住む場所ではないと考えられていた。それが変化したのが、戦国時代末期。巨大な土木工事を実施する有力大名が現れ、平野部を水田に変えていった。
平野は、あまりに平ら過ぎて雨が降れば水浸しになるし、日照りが続けば水を運ぶこともままならない。戦国末期までは農業に向かない土地だったのに、戦国大名は巨大土木工事を進めて遠くから水路を引き、排水路もつくった。これにより、平野部は巨大な水田地帯に変わった。
織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などが有力大名にのし上がった一つの背景には、中部地方の巨大な平野を田んぼに変え、食料生産を一気に増大させることに成功したからではないか、という説もある様子。以後、水田は平野部が中心であるかのように思われている。
しかし、日本の稲作はむしろ棚田から始まっている。昔は土木技術がさほどなかったのと、大規模工事するのは大変だったから、比較的水路の工事が楽に済んで、給水も排水も楽に管理できる棚田で稲作はスタートした。その歴史は2000年にもなる。
2000年にも及ぶ、傾斜地での水田を「効率が悪い」と断じるのは、少し早計なように思う。2000年も続いたのにはそれなりに理由がある可能性がある。これを安易に否定するのも、それは現代人の視点からでしかなくて、何か考慮し忘れているものがある気がするのは私だけだろうか。
あともう一つ、気になるのは獣害の問題。中山間地での農業を諦めれば、おそらく平野部の際までシカ、イノシシ、サル、クマなどの野生生物が迫ってくるだろう。そして侵入を繰り返すことになるだろう。中山間地という緩衝地帯を失って、獣害を本当に食い止められるのだろうか。
私は、現代の文明は石油という優れたエネルギーが生み出したあだ花である可能性を感じている。石油エネルギーを失った時、人類はかなり技術が後退するリスクがある。人類が開発してきた技術は単に「石油の使い方がうまくなった」だけのものである可能性がある。
石油なしに太陽電池や原子力発電所を製造できるのか?実はこの点でさえ、心もとない。石油のおかげでこれらのエネルギーも製造できている可能性がある。石油をエネルギーとして利用できなくなった時、本当に平野部での食糧生産は維持できるのだろうか?
かなりいろんなことを考えないと、取り返しがつかないことになりかねない。日本は非常に難しい選択を迫られる時代に突入したなあ、と思う。