中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」第一部 「何も聞かない」から始める 寺内順子さん 抜粋
赤ちゃん連れで夫のDVから逃げて暮らしていた。生活保護申請に役所へ何度行っても、受け付けてもらえないうえ、窓口職員に「風俗で働いたらいいのでは」と言われたという。その電話相談者から、「私みたいな人いっぱいいますよ」と言われた。
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「実は給料日前で米も食べられない」と明かされた。
後日談だが、この話を寺内さんが別のシングルマザーに話したら、「(給料日前は)みんな そうですよ」と言われた。食べ物に窮すること自体、まったく想像できなかった。
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「預金が1000円を切ったらATMで下ろせない」と聞かされた。初耳だった。
「寺内さん、幸せですね。(篠原注・シングルマザーは)みんな知ってますよ」
乾いた言葉が返ってきた。
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相談がくれば、制度の紹介や他の団体につなげたらいいという当初の想定は、ひっくり返された。どれも単純な内容ではなかった。離婚をしたくてもすぐにできない、借金を抱えている。多くは、すでに公的機関に相談したことのある人だった。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.82
関西に住む女性(44歳)は小さな子ども2人を連れ、夫の暴力から逃げるため、実家に避難していた。所持金がほとんどなく、パートに出たが収入は月3万~4万円。親子3人で暮らすため、生活保護相談に役所へ行くと、「立ちゆかなくなったら来てください」と帰された。
あちこちの相談窓口に電話をかけたが、「離婚すれば支援が受けられる」など「通り一遍の制度の説明ばかり」で離婚手続きが進まない。苦しくて相談しているのに、突破口が見つけられなかった。
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寄せられる離婚相談の多くは、夫やパートナーからのDVだ。DVは相手を支配する手段だ。殴る蹴るの暴力以外にも、言葉や金が使われる。「ダメな奴だからしつけている」と3時間正座で説教される。生活費を渡されなかったり、1週間分だけ渡され家計簿を提出させられたりといった経済的DVもある。p.83
応援団が関わるシンママのほぼ全員が働いているが、子育てをしながらでは時間帯に制約が生じたり経験不足だったりして、パートなどの不安定雇用だ。子どもが小さいためフルタイムで働けない場合もある。カバーしてくれそうな頼れる身内も、ほとんどいない。
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しんどくなった時、おなかがすいた時、眠い時、誰かとケンカした時、勉強以外の話を聞いてもらいたい時、学校なら保健室が受け止めてくれることがある。 Zikkaは、シングルマザーの保健室のような場所だ。
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ご飯会や誕生日祝い、季節のイベントなどを開く以外に、産後ケアや若年女性の緊急一時宿泊、思春期の親公認「家出先」といったシェルター的な役割もある。
大きめのテーブルで大皿メニューをつつきながら、酒を飲み、おしゃべりする。 寺内さんはその輪には基本、入らない。
別の部屋では、子どもたちが寝っ転がってゲームをしたり漫画を読んだり、動画を見たりして、おのおのくつろぐ。母子生活支援施設に長く入所している家族は、Zikkaの風呂にゆっくり入って帰宅する。施設では、入浴時間に制限があったり、入浴の度に利用料を払う必要があったりするためだ。
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「アドバイスもらったって、動けないわけです。ママが求めているのは、逃げる場所、一緒に行動してくれる人、資金、食料や家財道具、そして社会保障制度です」と寺内さんは言う。
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頼れる親族はいないという。 寺内さんは「今日、ご飯ある?」とたずね、まずスペシャルボックスを送った。次に最寄り駅で待ち合わせ、話を聞いた。応援団仲間が所有する部屋に逃げる選択肢もあることを提示した。本人が逃げたいと意思表示したため、交通費を渡した。
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国や自治体が相談機能の強化を進めるために予算をつけても、相談を受けたあと具体的に伴走できるところまでを視野に入れた仕組みでなければ、救われない。
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寺内さんは、活動を「何にも聞かない、言わないサポート」と表現する。
SOSを寄せてくるのは、ほとんどがDV被害者。 性暴力も少なくなく、自分自身を責めている。詳細を聞き出したりはせず、女性たちが自ら話せば、聞くだけ。そして、月1回食料を届け、季節のイベントや食事会を開く。「大事なのは安心安全。説教はいらない。過去は聞いても変わらない。ならば、独りぼっちにさせないこと、今日明日どうするかが大事」
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.88
その基本がご飯だ。「大丈夫?」より「ご飯一緒に食べへん?」と声をかける。 スペシャルボックスは本人が卒業宣言するまで送り続ける。
「(次どうするかを聞かれないから、安心感を持ってもらっていると思う」
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応援団理事で保健師の亀岡照子さんは、「相談者が自分から話し出すまで根掘り葉掘り聞き出さない。これが寺内さんの一番すごいところ」と言う。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.88
長年、大阪市の保健師として働いた経験を振り返り、役所は聞かなければすぎたという。例えば生活保護の申請時には、過去から現在までの経緯を聞く。聞かざるを得ないのだ。 しかし、「とりあえず聴取する」は、応援団にはない。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.88
一方、必要なものについては、当事者の声を聞く。このことも、平等重視の役所にはハードルが高いのだという。例えば、応援団にとって、「あのママはビールが好きだから、スペシャルボックスに入れてあげよう」は特別扱いではない。ニーズに合わせた支援になるのだ。
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困っている人がいれば、その地域に住む応援団のサポーターにつなぎ、それぞれができることをする。頼まれた方は自分のスキルが役に立つのが楽しい。支援される側とする側の垣根を低くする。そのプロセスで、下を向きがちだった女性たちが顔を上げていくという。
亀岡さんは「シンママ大阪応援団がやっていることは、人間性を回復する取り組み。だから、たくさんの人が応援するのだと思う」と話す。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.89
「可哀想だから支援する」「自分がやりたいサポートをしたい」
こうした「支援」のあり方を、寺内さんは「傷つく支援」と呼ぶ。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.90
応援団でも過去、苦い経験がある。米の支援をしてきた男性が「感謝祭」を企画したことがあった。企画内容は、ママたちが男性に感謝の気持ちを表現するだった。 寺内さんは男性が送ってきた物資を食べたことがなかったため後で知ったことだが、ママたちが「おにぎりが作れない米」と表現していた。
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震災に限らず、犯罪被害者や貧困に苦しむ人が、笑みをこぼしたり、清潔感ある格好をしたりすると、他者が一方的に思い描いている被害者像、貧困像に当てはまらないという理由で、尊厳を傷つける言葉や態度を示されることがある。しかし、ママたちは立場の弱さから、我慢して言わない。
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おさがりの靴しか履いたことのない子どもたちが、自分のために送られてきた新しい靴をどんなに喜ぶか、ママたちから詳細な報告が届く。ママたちは喜ぶ子どもたちの姿を見て、幸せを感じる。シンママ大阪応援団のスペシャルボックスは、「受け取って幸せを感じるもの、元気が出るものにしたい」という強い思いがある。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.91
市町村が社保協のアンケートに回答する理由について、寺内さんは「ちゃんとフィードバックしているから、信頼度が高いのではないか」とみる。(中略) 子ども医療費助成の度合いも、一目瞭然だ。各自治体はトップもビリも避けたく、できれば真ん中ぐらいでいたいものだという。アンケート未提出の自治体も明記する。して自体自身が比較検討できるように工夫する。
内容はHPですべて公開している。市町のなかには、「冊子をみて、来年度の予算を考えます」と言うところもあるという。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.94
「議員に頼んで動いてもらうと、そのケースのみの対応になるので、それはやらない。 自治体の問題にすることが大事」と寺内さんは強調する。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.95
ネット申請による情報公開請求も活用する。 正面切って制度を使う。 社会保障をよくするためにやっている運動団体として、個人的問題にせず、「ちゃんと文句言う」のだという。その時、役所の尊厳は傷つけない。 「トップがどうであれ、職員は仕事を頑張っている」
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色をつける人がいるけど、まず、大阪社保協には政党が入っていません。 政党とは距離をおく方針なので、一緒くたにして欲しくないです。大阪社保協はいろんな政党の議員と関わりがあるし、各政党の中でもいろんな議員がいる。 地方政治はそれでいいと思います。
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--支援を求める人が増え続け、 スペシャルボックスの新規申し込みを断っている状況です。応援団の持続性に不安はありませんか。
私もわからないです。やれることをやれるところまでやる、としか言えない。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.96
例えば、一回限りの食料支援の申し込みに、いろんな証明書を添付してもらう手法をとると、しんどい人のところにはボックスはいかないと思うのです。「本当の」貧困かどうかを判断するために申請をさせるのだと思うのですが、しんどい人は申請や実務が不得意です。ハードルとにかく低くしないと、しんどい人はSOSを出せない、というのがシンママ大阪応援団の活動をしていて感じていることです。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.98
いろんなところで、「ちゃんと」「普通は」「本当の」がよく使われますが、この三つは禁句!だから、何も聞かない。「お口チャック」がいいのです。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.98
--支援し続けると、 「依存されるのでは?」と聞かれるそうですね。
依存されるかどうかなんて、 実際分からないです。ただ言えるのは、今困っている状況は、その人の責任じゃない。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.98
時給1200円でフルタイムで働いても、それほど生活は楽にならない。女性の雇用状況からいって、劇的に生活に余裕が生まれるわけではない。ここに来るママたちは、離婚してから働き出した人がほとんどで、ずっと働いている人は応援団に相談に来ない。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.98
子どもを保育園に預けて働いても、小学校になるといろんな行事や手間がかかる。 児童扶養手当があっても収入が月20万円あるかどうかのレベル。 高校に入ってからは、もっとお金がかかる。 子どもの成長とともに女性の暮らしがよくなるかというと、ならない。逆に時給が下がることもある。女性個人の責任ではなく、労働問題です。働いているのに貧乏なまま。うちみたいな一民間団体が抱える問題ではないです。弱小団体が目の前の人を何とかしようと思っているのが現状で、月1回食料を送ったからといって、生活がよくなるわけではない 。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.98
振り返れば、社保協の仕事柄、いろんな人と仕事をしてきました。中にはとんでもない「パワハラおっさん」もいました。 その人たちと比べればママたちは、とても真面目で一生懸命です。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.99
私は相談のケース記録は取っていません。 人の人生をマネジメントしない。メールだけのやりとりで、一回も会っていない人もいる。何人支援したか、数字にあまり意味はない。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.100
ケースワークには無理があると思います。信頼関係が築けていないのに、原因を探ろうとするからです。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.100
親に頼れない人には誰かが耳を傾ける必要があり、その人が望んでいることを少しでも実現することが大 事です。私自身も、いろいろ聞く中で無意識に上から目線になっていないか、気を付けたいです。
中塚久美子「子どもと女性のくらしと貧困」p.101
子どもたちができるだけ早いうちに、心ある大人に出会って、集中的にサポートを受けること。それができる大人をつくっていかないといけない。私らはお守りみたいなもので、普段は忘れられていていい。何かのときに思い出して頼ってくれたらいい。お守りは普段気にとめな
い。
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