なぜ昔のヒーロー物番組の主題歌は「正義」だらけなのか?
昔のヒーローもの主題歌、やたら正義が多い。
月光仮面「正義の味方」
ライオン丸「正義の祈り」
タイガーマスク「正義のパンチ」
ウルトラマン「正義のために」
マジンガーZ「正義の心」
デビルマン「正義のヒーロー」
ゲッターロボ「正義の力」
ガンダム「正義の怒り」
これ、私には以前から不思議。
第二次大戦が終結するまで、日本は正義の聖戦と教えられて戦い、負けた途端「私達は間違っていました」と言って、小学生に教科書を塗りつぶさせた、という話が残されている。この「正義が覆る」経験は強烈だったようで、多くの漫画家も「正義とは?」を問う内容の作品を描いている。
仮面ライダーも、漫画では「正義とは何か?」を問う内容になっているらしい。それはデビルマンの漫画版もそう。当時の漫画家は、「正義」と呼ばれているものを安易に信じることができない、という問いかけをしている。ところがテレビ番組ではあっさり「正義の味方」に化けてしまっていた。
変わったのはガンダムあたりのような気がする。主題歌では「正義」という言葉を使っているけれど、内容は、どちらが正義とも言い難い世界観になっていた。それまでのヒーロー物は、テレビになると単純な「正義の味方」に化けていたのに。
ガンダム以降、ヒーロー物の主題歌から「正義」を目にしづらくなったように思う。まあ、タイガーマスク二世が「正義が力だ」なんてまだ言ってたけど、それ以降は主題歌から「正義」が消えてなくなってしまった気がする。その頃にようやく漫画の世界観にテレビ主題歌が追いついてきたというか。
私の推測でしかないけど、当時のテレビ界には、先の大戦での日本の戦いを「正義」とみなしたがってる人が実権握っていたのでは?という気がする。もし漫画などの原作を読んでいたら、安易に「正義」なんて言葉は使えなかったはず。なのに、正義に疑問を呈する作品でもテレビでは「正義の味方」に。
漫画が描いていた「自分たちの正義は、本当に正義なのか?」という問いかけをあっさり捨て去り、単純な正義のヒーローに作り変えてしまう。主題歌も、悪を倒す正義という単純な構図に変える。このように、善悪を単純に考える人が、当時のヒーロー物番組を作る人たちには多かったのかも。
それにトドメを刺したのが、ガンダムだったのかも。ガンダム人気が高まることで、テレビ番組も単純な正義と悪に分けた世界観より、複雑な世界観のほうがウケる、と考えるようになったのかも。
にしても、時間かかりすぎ。お陰で私のような五十代の人間でも、少なからずの人が「正義」を信じてしまう。自分が正しく、相手が悪。そうした図式を頭に描いてしまい、相手をいくらでも攻撃して構わない、と考える人が出てしまう。「正義と悪」という単純構図の悪弊。
なんであの時代のヒーロー物の番組は「正義」を強調していたのか?そのへんを調査すると面白いものが見えてくるように思う。誰か研究してくれないだろうか。
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