「ジョブ制」考
知人によると、日本の強みは、職場で困ってる人を見かけたとき「どうしたの?手伝おうか?」の言葉がスッと出ることじゃないか、という。外国人はこうはいかず、「それはオレの仕事じゃない」とつれなく通り過ぎてしまう。困ってる人はいつまで経っても困り続けることになる。
ジョブ制は、移民の多い国で考えられた工夫だと思う。民族も文化も全然違う、場合によってはその国に来たばかりで右も左もわからない人間に、「お前の仕事はこれ」と明確に領分を決め、それをやりきれるようなら仕事を続けられ、出来ないようなら解雇、というやり方。
仕事の内容が明確なジョブ制は、逆に言えば融通がきかない。契約前に想定していない仕事が発生すると、「それはオレの仕事じゃない」とみんな拒否する。外国企業で人の上に立つ人間は給料高い代わりに夜中まで働く過重労働なのは、ジョブ制で割り振れないのを全部片さなきゃいけないからかも。
日本は「チーム」で動くのがどうも性に合ってる面があるらしく、上司は急にきた仕事について「悪いけどこれを何とか処理してもらえないか」と急な仕事がきても、チームで手分けして何とかやっつける、という仕事ができる。そうした柔軟性は、日本の強みでもあるように思う。
ドラッカー「マネジメント」に面白い話が載っている。外国企業はトップが決断したら即契約。ところが日本企業は入れ替わり立ち替わり、いろんな部署の人間が「お話を聞かせてほしい」と来て、いつまで経ってもトップが来ず、契約が進まなくてイライラするという。ところが。
外国企業はなるほどトップの決断は早いけど、仕事がすでに始まってるのになかなか進捗せず、工期内に収まらないことも。
ところが日本企業の場合は、各部署が、自分たちのすべきこと、役割分担を理解し、組織全体に染み渡ってからスタートするので、社長が契約した後は組織全体が有機的に動く。
結果、日本企業は仕事をきっちり終わらせる、という。外国企業は決断は早いけど組織の動きはぎこちなく、日本企業はトップの決断は遅いけど、現場が仕事内容を理解し、状況変化やトラブルにも柔軟に対応するので組織として仕事をやり遂げる、という。ドラッカーは日本企業の強みを結構評価してる。
ジョブ制なら、トップの決断を邪魔するものはいない。「それはオレの仕事じゃない」から。けれどトップが決断し、「やれ!」と言っても、「それはオレの仕事じゃない」から、組織が動かない。そのため、何でも屋になる中間管理職が出世かお金につられて長時間労働して埋め合わせざるを得ない。
日本企業は現場が「やってみせます、やりましょう」と言ってくれるまでトップが決断できない。現場に浸透していないと動かないから。まあ、日本の場合、社長のムチャぶりでもどうにかしてしまう現場の柔軟性もあったりするけど、仕事の精度はやはり悪くなる。日本はボトムアップがよく合う。
最近、日本企業でもジョブ制を導入しようとする動きがある。これ、表面的に語られてる理由と異なり、二つの本音が隠されてるのでは、と勘ぐってる。一つは「オレも外国企業のトップみたいに即断即決の決断したい、かっこいいもん」とトップが憧れてるのかな、というの。もう一つは。
人件費圧縮の隠れ蓑じゃないか、と。私はジョブ制の話を流行させてる黒幕が竹中平蔵氏あたりじゃないか、と勘ぐってる。竹中氏は勘の良い人物だから、日本人の給与水準が低くなったのは自分のせい、と、非常に評判が悪いのを知り、最近は表に出てこない。そこで、影に隠れて広めてるんじゃないか、と。
ジョブ制にすれば、人件費を圧縮できる。これこれの仕事にはこれだけの給料、と、給料の金額が固定され、年功序列でなくすことができる。企業からしたら大幅に人件費を圧縮できる。こんな入れ知恵できるの、そしてこれだけ議論を流行させられるの、日本だと竹中氏くらいしかいない、と思う。
竹中氏はここ二十年、日本企業の人件費を圧縮し、経営者と株主に浮いたお金が行き渡る構造を作り出すのに成功した人物。「海外ではみんなこうしてる」と言って、さも日本が遅れているかのように論じ、それとわからぬままに人件費圧縮につながる政策を実現してきた妙手。竹中氏は人件費圧縮の魔術師。
今回のジョブ制の議論では、竹中氏の名前はなかなか見えてこない。しかし、ジョブ制の影の目的が人件費圧縮にあることは、業績の厳しい企業が身を乗り出してる様子を見ると、ほぼ明らかではないかと思う。ジョブ制は、一部の人間に高給を与え、大部分の人間を低賃金に抑えることになるだろう。
それで日本が失うものは非常に大きいように思う。「どうかしました?手伝いましょうか?」という柔軟で有機的に動く組織はバラバラに解体され、融通のきかない「部品」に解体され、一部の人間がプレイングマネージャーとしてささやかな高給をもらって全部後処理するはめになり。
大部分の人間は「お前たちは単純労働なのだから)と、低賃金に抑えられる。浮いたお金は、トップ層の高給と、株主への配当に。あ、この構造、竹中氏の大好きな結末招くやつやん、と考えると、竹中氏が影で糸引いてる気がして仕方ない。
ジョブ制は、日本企業の強みを破壊し、ひいては日本の経済をズタズタにする最後の一手になる気がする。竹中氏はそうした手を打ち続けてきた人だけど、今回は本当に違うのだろうか?狙いが従来の竹中氏のと一致し過ぎてる気がする。
日本は自らの強みをよく生かした改革を進めるべきだと思う。
竹中氏が押し進めてきた派遣労働のシステムが、日本の強みを損ない、人々を低賃金に押しやったことで消費を減らし、日本をデフレ経済に追いやったことが、これまでの経緯。ジョブ制はその延長線上にある。私はもっともっと、日本の気質に合うビジネススタイルを模索した方がよいように思う。