2020年という奇妙な年

2020年は、私にとって奇妙な年だった。新型コロナの流行もだけど、温暖化対策に後ろ向きだったアメリカと中国という超大国がほぼ同時に「脱炭素だ!電気自動車だ!」と言い出した年だった。しかも、日本でも「みどりの食料システム戦略」で化学肥料を減らすと言い出した。

化学肥料は、大量のエネルギーを使って製造する。現状では、石炭や天然ガスを燃やして製造している。つまり化学肥料を減らすということは、石油などの化石燃料を燃やすのを減らすということ。この「みどり戦略」は正直、寝耳に水だった。それまで農政で化学肥料減らしましょうなんて噂もなかった。

2つ仮説が考えられる。一つは、世界の指導者がいよいよ温暖化対策に本気になった、ということ。でもこの仮説は疑問がある。中国なんかは本当に温暖化に後ろ向きだったし、アメリカに至っては温暖化説自体を疑っていた。それが急に豹変するのは、別の理由があるのでは?という気がする。

もう一つの仮説は、いよいよ石油が採れなくなり始めた、ということに世界の指導者たちが気づいたからではないか?ということ。
石油は極めて優秀なエネルギー。自動車、船、飛行機などの移動手段(輸送機械)のエネルギーの98%は石油で動いている。天然ガスでも石油でも電気でもなく。

石油には、他のエネルギーにない特徴がある。室温で液体であり、ものすごく大量のエネルギーを蓄え(高エネルギー密度)、比較的安全に保管でき、しかも安価。こんな優れた特徴を備えたエネルギーはほかに見当たらない。その石油が、採れにくくなり始めている疑いがある。

中東などで石油を掘り始めた時代は、地面に穴を開けるだけで石油が噴水のように噴き出した時期もあった。これだと、採掘に必要なエネルギーの200倍の石油が採れた。しかし今では10倍を切り始めている。シェールオイルでは地下に高圧の水を注入するので、7倍とも言われる。採算性がかなり悪化している。

ちなみに、採掘エネルギーの3倍以下しか石油が採れないと、エネルギー的には赤字になる。石油はそのままでは利用できず、ガソリンや軽油に加工する必要があるし、ガソリンスタンドまで運ばなければならない。エネルギー的に黒字にするには、採掘で必要なエネルギーの3倍は石油が採れないといけない。

恐らくなのだけど、2020年には、世界の指導者たちに「採掘にかかるエネルギーの3倍しか石油が採れない将来が遠からず来る」という報告が中東あたりから来たのではないか、と私は推測している。それまで温暖化対策に後ろ向きだった中国やアメリカが急に方針転換したのは、そうした事情があったからではないか。

「石油が採れない」という話をすると、すぐ埋蔵量の話になる。ちなみに石油の埋蔵量は1兆7,324億バレル(2020年)。これは2020年の石油生産量の53.5倍。ということは、あと50年は石油が採れるじゃないか、という話になることが多い。でも、その石油はエネルギー的に黒字でないと話にならない。

採掘に必要なエネルギーよりも少ない石油しか採れないなら、エネルギー的に赤字になってしまう。地中に石油がまだまだあったとしても、それを掘りだすのにエネルギーを膨大に消費せねばならず、採れる石油がわずかなら、そんな石油は存在してもエネルギーとしては意味がない。

採掘にかかるエネルギーの3倍以下(EROI≦3)にしかならない石油は、地中に埋蔵されていてもエネルギーとしては利用価値がない。埋蔵量という数字は、石油がまだまだエネルギーとして利用できそうな気にさせてしまう「目くらまし」だと考える必要がある。大切なのはEROIという数値。

石油がエネルギーとして利用できなくなった時、自動車、船、飛行機などをいったいどれだけ飛ばせるのだろうか。現在、電気自動車の開発が盛んに進められているけれども、現時点では乗用車が精いっぱい。大型トラックや農業の大型トラクターだと、まだ実用的なものは開発できていない。

船や飛行機はすべて(といってよいだろう)石油で動いている。石油がエネルギーとして利用できない場合、運輸がどれだけ機能するのか、微妙になる。電気で動かすにはパワー不足。天然ガスや石炭で代わりを果たすのもひと手間必要でなかなか厄介。

ただ、電気エネルギーは一つ、優れた点がある。石油を燃やして動かすエンジンより、電気で動くモーターは、7倍もエネルギー効率がよい、という試算がある。問題は、充電池の能力が小さすぎる、という点。ガソリンが1Lあたり7,970 kcalものエネルギーを貯められるのに対し、リチウム電池は447 kcal。

ガソリンのわずか5.6%しか充電池はエネルギーを貯められない。このため、充電池がかさばるし重いしで、大型トラックや大型トラクターを動かすには力不足。充電池で画期的なものが生まれるとよいのだけど、現時点ではどれもパワー不足。開発が非常に重要となる。

石油がエネルギーとして利用できなくなると、食料生産もままならない。化学肥料やトラクターを使った農業だと、1kcalのコメを作るのに2.6kcalの石油を燃やす計算になる。「コメは石油でできている」といって過言ではない状態。そして、石油以外のエネルギーはどれも役不足。

原子力や地熱発電、太陽電池、風力発電、水力発電、これらの技術はすべて「電気」を作る。しかし優れた充電池がない以上、大型トラックや船、飛行機を動かすことは難しい。電気エネルギーは作った途端に消えてしまい、貯めることが難しいのが難点。

電気で水を分解し、水素を作る研究もおこなわれている。しかし水素を安全に大量に貯めることが困難。水素分子はとても小さくて、金属の中に染み込み、脆くする「水素脆化」という現象が知られている。水素を安全に貯められるタンクの開発が、まだできていない。水素もまだ安全に利用する技術がない。

バイオ燃料は、ブラジルのサトウキビ由来のバイオエタノールを例外として、製造に要するエネルギーの方ができるバイオ燃料より多いため、エネルギー的に赤字。飛行機を飛ばし続けるために赤字覚悟で開発が進められているけれど、エネルギーは黒字どころか赤字だという点には注意が必要。

天然ガスも、液体にしてコンパクトに運ぶことが難しい(超低温と高圧でようやく液体にできる)。石炭は二酸化炭素をいくらなんでも出し過ぎ。現在、アンモニアを燃料として使用する開発が進められているけれど、アンモニア製造だけで世界のエネルギー消費の2%を占める。意味があるのか?

などなど、石油と比べると、他のエネルギーは一長一短。石油のようなオールマイティなエネルギーはほかに見当たらない。そんな石油が、やがてエネルギーとしては意味をなさなくなるほど採れにくくなる、というレポートが、恐らく2020年あたりに出たのだろう。そう考えると、世界の動向がわかりやすい。

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