「米10キロ」という歴史的転換点
このニュースを見て最初に思ったのは「貧困対策の現場から話を聞いてるのだろうか?」という疑問。
米を炊くのに、炊飯器なら電気が必要。鍋ならガスが必要。何より水が必要。しかし貧窮しているご家庭は電気・ガス・水道の料金支払いができず、止まっていることも。
https://news.yahoo.co.jp/articles/5d0897858bb39f02ede3414d932ee87045fc93ff
米が届いても、ガスや電気が止まっていたらご飯を炊くことはできない。家賃が払えなければ住むところも失う。シングルマザーを支援する辻由起子さんのご活動を拝見すると、仕事を失い、ガス電気水道を止められ、家賃も滞納してついに家も失い、家財も何もない状態になってSOSを初めて発する方も。
そうした方々の場合、
・まず住むところの確保
・電気ガス水道の生活インフラ確保
・炊飯器や手鍋、冷蔵庫などの最低限の家財の確保
・仕事の確保
が必要。それらの確保には、現金が必要。米10キロをガス代の代わりに収めることはできないから。
中には、夫からのDV(家庭内暴力)に耐えかね、母子が身一つで逃げてきて、現金も家財も住む家も何もなく、SOSを発せざるを得なくなった人も。最近は高学歴のシングルマザーの困窮も増えているという。自身が高学歴で仕事のキャリアもあり、夫も高給取りだったのにまさか、と。転落早い。
支援を受ける立場にまさか自分がなると思いもしなかったのに、あれよあれよと困窮し、子どもを連れて途方に暮れ、やむなくSOSを発する人も。そうした人は、住む家も家財もなく、電気ガス水道といった生活インフラを確保するための最初の現金がままならない。辻さんは持ち出しでそれらの人を支援。
こうした方々の生活再建を行うには、まず現金が必要。米が来ても炊くことすらできない。ガスや電気を止められていては炊くことができない。米10キロの政策を考えた人は、本当に困窮している人たちの現場の話を聞いているのだろうか?私は聞いていないような気がしてならない。
もしかしたら、米を自分でろくに炊いたことがない人が政策決定したのではないかとさえ考える。自分で米を炊いていれば、水で米をとぎ、炊飯器のスイッチを自分で押さなければならない。そうすれば、水道と電気が必要なことがわかるだろう。手鍋で炊けばガスが必要なことも。
自分で米を炊いたことがないから米10キロという政策を思いついた気がする。
「現金を配っても親が使い込んで子どもが飢えたまま。だったら米の現物支給ならより確実に子どもが飢えずに済むだろう」と頭の中の想像だけで政策を考えたのではないか。
そもそも、電気ガス水道家賃の支払いもできないほど困窮しているご家庭に米だけ送っても支援にならない。子どもが飢えるほど困窮しているご家庭では、電気ガス水道家賃というインフラの支払いが滞っていることが多い。これらインフラがなければ食べるという行為にすらたどり着かない。
大切なのは、そこまで困窮せずに済むよう、雇用が確保され、また体調不良で休んでも生活ができる蓄えもできるような給与水準であること。体調を崩したりケガしたりして働けない状況が少し続いただけで一気に困窮することになる、カツカツの状況の方が今の日本では少なくない。それだけ給与水準が低い。
そして、高学歴で高スキルの女性でも、幼い子どもを抱えるシングルマザーだと一気に困窮するのが今の日本社会。働き口が不安定。給与水準も低く、キャリアアップと口で言うのはたやすいけど極めて困難。
米10キロの政策は、現場の声を聞いていないようにしか思えない。想像の産物でしかない困窮家庭への勝手なレッテルを貼って(親が放蕩してるなど)決めてかかった政策に思われてならない。
電気ガス水道家賃の確保に必要な現金よりも米10キロの方が安く済み、ニュース性があるから選んだのでは。
いま、子ども食堂やフードバンクを充実させようとしている。しかし私には、「比較的お金がかからずに済む政策」を政治家がしているだけのように思えて仕方ない。
ナイチンゲールの実家は裕福で、貧困家庭にパンを渡す支援活動をしていた。これらの活動は当時、金持ちに人気だった。
パンを配ることで自分は慈善をやってる有徳者のような気分を味わえる。それでいて、困窮家庭を真に自立させるのに必要なお金を支払わずに済み、安上がり。金持ちの虚栄心を満たしつつお金をあまり使わずに済む、そして貧富の格差を固定する実に好都合な対策が、食事の現物支給だった。
だからナイチンゲールが本気で「苦しんでいる人達を助ける看護師になりたい」と言ったとき、ナイチンゲールの実家は猛反対した。貧困対策は実物支給でお茶を濁せばよいだけなのに、真剣に取り組むなんて!ナイチンゲールの姉などは昏倒してしまうほど。
大阪の米の現物支給は、ついに戦前の社会状況に逆戻りしたことをうかがわせる。戦前の金持ちは雇用を増やし給与を増やすというお金のかかる政策を嫌がり、現物支給するという金のかからない、それでいて慈善活動をしている気になれる方向に熱心になっていたが、どうやら現代日本もそうなりつつある。
大阪の政策は、ついに金持ちたちの陰に陽にのロビー活動に負けて現物支給でお茶を濁すようになった、貧困対策に真剣などころか格差固定に平気になったことを象徴する、歴史的転換点とみなせるように思う。
なお、ナイチンゲールが活躍した時代からしばらくして共産主義が吹き荒れる。
金持ちが貧困家庭に現物支給をして慈善活動している気になっているうちに、貧困層の怒りのマグマがたまり、一気に共産主義に世界が傾いていった。あるいはナチズムが台頭した。共産主義とナチズムは金持ちの全財産を奪い、あるいは殺した。金持ちは恐怖した。
第二次大戦を終えても共産主義の勢いは止まらず、各国が次々に共産化するドミノ理論が信じられるほど。資本主義国は共産化を食い止めるべく、ケインズ経済学を採用する。資本主義の枠組みの中でなるべく格差を小さくする社会を目指した、修正資本主義。相続税、所得税、法人税を高く、再分配大きく。
修正資本主義のおかげで共産化の波は緩まり、ついにソ連など共産主義国が崩壊。すると、資本主義国は次々にケインズ的な再分配政策をやめ、新自由主義的な経済政策に逆戻り。金持ち有利な格差社会へ。そしてついに、現物支給でお茶を濁す政策がスタートするように。
米10キロは、逆説的だが、政策担当者が格差是正に取り組む真剣さを失った象徴的出来事として歴史に記録されることになる恐れがある。日本はいずれ、新たな共産主義が吹き荒れる社会になるのだろうか。そうなる前に修正資本主義にシフトする道があるというのに。
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