「軽侮と怨念で罵り合う」から「感謝と信頼で楽しくつながり合う」へ

(専業主婦はズルしてる、もっと頑張ってる人がいるという批判に対し)


なんかもうね、これもトンカチとノコギリとカンナがケンカしてるようにしか見えないんですよ。「オレの方がクギ打ってる、でも他のヤツらは」「私の方が木を切ってる、でも他の人たちは」「平らにしてるのはオレ、でもヤツらと来たら」

いがみ合ってたら家は建たんちゅうに。みんな自分ばかり。


昔、実家への仕送りがきつく貯蓄もままならず、弟たちにも支援を依頼したことがあります。そしたら、すでに弟たちはそれぞれ目一杯の支援をしてることがわかりました。で、互いに誤解を解き、一緒に事態を改善しよう、ということで一致しました。それまでは「自分だけ」って思ってたんですよね。


意外とみんな、めいめいの立場で頑張ってます。私はその敬意を忘れたらアカンと思うんですよ。「アイツはもっと働けるはずなのに手を抜いてる」なんて視線で見てくる上司の下では、部下はふてくされるでしょう?みんなやる気を失います。今の日本社会は、そんな「上司」ばかりであふれています。


逆に、「いつも頑張ってくれてありがとう。でも無理しないでね。体壊すといけないから」って言ってくれる上司の元なら、「そんなに私のことを買ってくれているのか。だったらもっと頑張って上司を驚かしてやろう」と、仕事が楽しくなります。人をより楽しく頑張らせるコツ、敬意と感謝だと思います。


次のような歌があります。

「やっている姿を感謝で見守って信頼せねば人は実らず」

これ、本当だと思います。ところが昨今の日本は

「やっている姿も軽侮でスルーして信頼せぬから人が実らず」

だと思います。日本をどんどん弱体化させる方向に力を貸してる。実にバカバカしい。


私の職場に、働かないことで知られている人がいました。それがあんたの仕事だろ、とみんなが不満を持っていました。

私は、その人に特に期待もしていませんでしたが、私が荷物を運ぶ時に手伝ってくれました(その人の仕事でしたが)。私は一人でやるつもりだったので「うわー、助かります!」と感謝。


すると、その人は私の案件に関しては「何かやることはないか?」と探すくらいの勢いで進んでやってくれるようになりました。他の人達は「本来やるべき業務量」に足りない、と、マイナス評価する中で、私は、少しでも私のためになるなら感謝するようにしてたら、とても働き者になりました。


今の日本に欠けがちなのは「感謝」と「信頼」だと思います。自分だけが頑張り、苦労してると考え、他の人間はズルをしてるに違いない、と、軽侮と怨念を込めた視線で他人を見るようになっています。こんなので社会が回るはずがありません。トンカチとノコギリとカンナがいがみ合ってるのですから。


人って、感謝と信頼で相手に対すると、「そんなふうに思ってくれるなんて嬉しいな、なんか貢献することでお返ししたいな」という気持ちになる生き物だと思います。その時の仕事って、きっと楽しいものになると思います。あの人を喜ばそうという気持ちで働くことって、とても楽しい仕事になります。


でも、「サボってるんじゃないか?頑張ってるのはいつもオレだけ」なんて目で見てくる人間の視線のもとでは、仕方なく手を動かしても「あー、やってらんねえ、あいつのために動くなんて金輪際お断りしてえや。仕事だからやるけど、できるだけ手を抜いてやる」という復讐心に燃えます。


感謝と喜びに包まれながら仕事を楽しく行うか、復讐心に身悶えしながらイヤイヤ仕事するか。今の日本は、「自分よりズルしてる奴」探しばかりして、結果的に後者の方に社会をシフトさせているように思います。私は、そのエネルギーがもったいないと思います。


専業主婦批判論をはじめとする「アイツはズルしてる」論は、日本国民を分断に陥れ、日本を弱体化させるために誰か広げてるんじゃないかとさえ感じられます。みんな余裕が失われる中で、「誰かズルしてるんじゃないか」探しをしたくなる心理に陥ってるのではないかと思います。でも、だからこそ。


感謝と信頼でつながり、助け合い、補い合うことでこの難局を乗り越えて行きたいです。「アイツはズルをしてるに違いない」ではなく、「あの人は何かで頑張ってくれてるに違いない」という姿勢でいたいものです。すると不思議なことに、みんな姿勢が改まってくる。人間はそんなに生きものだと思います。

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