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「治療費」 一歯科医師の立場から

歯科医師になって26年、主に中高年の方々の噛み合わせの不調や歯を失ってしまったことに対する代替治療に注力してきました。ですが、怒りや寄る辺ないモヤモヤ感が日常歯科臨床でパンク寸前に高まってしまっているのです。怒りの矛先は自分自身。手掛けて来た一部の保険治療なのです。ベストを尽くさなかった尽くせなかった結果が崩壊や崩壊の予兆となって患者を苦しめることに陥っている現実なのです。「保険治療」を否定するつもりは毛頭ありません。私は保険医です。痛みを和らげたり腫れを抑えたりいわゆる急性期医療は何をおいても優先されることですし、そうした局面で保険医療はこの国で絶大な貢献を果たしています。が、問題はその後です。歯科医療ではそうした病状回復の後に置換治療が待ち受けています。いわゆる歯の神経に関わる治療や歯の欠けた部分を修復する治療、さらに歯そのものの形 を回復する補綴治療や入れ歯・インプラントによる噛み合わせの回復などです。つまり、歯科医師が施した仕事がそのまま人の口の中に居残り、機能し、審美性を担保し、歯周組織含め生体と調和し、丈夫で長持ちする、その一つ一つについて本当のことを言いたい!それは・・・ 「歯科治療は多くの方がイメージするよりもはるかに難しい。」 「置換治療を現状の保険治療で漫然と受け続けるリスクは必ずある。」 ということなのです。施した仕事が精度にこだわって行われても、所謂雑であっても保険治療の療養担当規則、診療報酬請求要件を満たしているかどうかのみが問われる、となります。歯医者さんに永く通っているけどだんだんおかしくなってきた、という場合、その患者さんのお口の中と共に担当歯科医師も疲れ切っているのでは、と感じます。お口の中の条件によっては保険診療で認められる材料や、技術(歯科医師も歯科技工士も普段保険適用のものでの薄利多売の流れに浸かっているといざ精細な仕事をしようとしてもできない)では対応できず、前提となる診断治療計画への適正な視座が育ちづらい現状があります。顕微鏡治療を始めて15年、視野に現れる甘くない現実の一つ一つに複数の問題が浮き彫りになるのを 見過ごすくらいなら、もう私に歯科医師などする資格はない、と思えます。
幾重にも重なる配慮を積み重ねてようやく安定を獲得する権利が得られる、とでもいうべき歯科治療は繊細で丁寧であればある程、その予後に良い影響を及ぼします。だからそのための「時間」が必要です。冒頭の写真はワックスによる歯の形態創出です。こうした作業によって患者さん固有の噛み合わせ安定への試作品は作られていきます。この歯表面の連なる山の尾根や独特の曲線を描く谷も全ては機能に裏付けられた全てに意味がある造形美であり機能美です。歯科における修復治療はこの造形美への、神への挑戦とも言えます。歯科医師が「歯を削る」という見方によっては最も野蛮な行為をしてまで新たな創造をもたらす、ということに細かな配慮なしにできるはずがありません。だから歯科医師は集中して誠実に微に入り細に入り取り組む必要があります。が、そこに「保険診療」と「確保する時間」と「治療費」という避けられない問題がついてきます。

左写真:2010年初診 右写真:2013年治療終了時 総合的なバランスを考慮した治療例


初診時50代女性の患者さん。噛み合わせの不調、歯を失いつつある不安、口元を人に見せられないという訴えで来院。診査診断の上、噛み合わせ自体を是正する総合的な治療計画を立案。歯周病治療、虫歯治療、矯正治療、インプラント治療を統括して審美的機能的な安定を探り、プロビジョナルレストレーション(試作品としての仮歯)を5回交換の末、医患共に納得できる治療ゴールに。治療対象歯 28本、うちインプラント4箇所、治療期間2010年~2013年矯正治療含む総治療費410万円。「新たな噛み合わせを自分のものにする」という治療の側面上リハビリテーションとしての一定の期間が必要となります。また、基本的な手術リスク、治療が繰り返され実質の持分が少ない歯については将来の破折リスク、そして治療費がデメリットとして挙げられます。歯科衛生士・歯科技工士・歯科矯正医・そして総責任医の私という医療チーム構成となり、患者さんにとっては人生の大きなイベントになってしまいます。また、こうした総合的なバランスを考慮した治療を健康保険の適用範囲で行うことは適用がなく、実質できません。

1999年の開業当初は「保険治療で全ての患者さんを救う!」という思いでした。しかし、「一定以上お口の中が崩壊した患者さんに保険治療を漫然と行うことは患者さんを救わない」という気持ちがどんどん強くなりました。ある患者さんに言われました。
「じゃあ、お金がなかったら見殺しか。」
「ちょっと待ってください。そんなはずないじゃないですか!理想的な治療計画から法規的に保険適用できる項目を洗い出し、引き算して、でも、『ここは将来的にもカギになる』ところにお金を部分投入したり、何年後かに再介入する計画にしたり、とにかく理想的な計画以上にアイデアを絞り出します。」です。

「そもそもなんでこんなに治療費がかかるんだ?ぼったくり歯医者か?」断じて違います!最後に私自身の残るお金を一切無しにしてもこれくらいになります。じゃあ、いくらなら納得するんですか!言ってください!と口にしてしまったことがあります。お口の中を全てキレイに整えて「2〜3万ならする。」とお答えになった方がいて、怒りではなく、全く歯科医療というものが理解されていない現実が悲しく、辛く、「じゃあ!します!500万円の治療費のものを2万円でします!〇〇さんに歯科治療の本当の真実をご理解いただくために!一つ一つの微に入り細に入り合計210時間ほどの治療を2万円でします!」と泣きながら自暴自棄に答えたことがありました。スタッフは止めに入り、医院は混乱しました。私が歯科医師として最低の瞬間でした。



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