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パブロフ博士の犬供養(4)


 


(4) 動物愛護団体の抗議

 

 実験医学研究所の前では、動物愛護団体が犬の虐待に抗議していた。

 パブロフの実験手法は、犬に2本ある唾液腺のうち、片方を切って体外に出し試験管を装着してから台の上にのせる。刺激が与えられたときに犬が出す唾液が何滴かを横についている係員が数えるというものだった。

 パブロフは右左とも利き手で、手術の腕前がよかった。犬に負担をかけないよう、なるべく短い時間で手際よい手術をしていたし、研究施設の衛生にも十分注意を払っていて、術後に感染症にかかって犬が苦しむこともなかった。だから動物愛護団体の抗議を受けても、胸を張って、「我が研究所は、犬の幸福のために最善を尽くしています」と言い続けてきた。

 しかし、唾液腺の摘出には最善を尽くしたパブロフだが、犬の大脳半球の破壊や切除については心苦しく思っていた。動物愛護団体がこの実験のことを知って非難しはじめたら、自分も研究員も持ちこたえられないかもしれないとおそれていた。大脳手術は、のみとハンマーとのこぎりを使って、犬の頭蓋骨を切り開き、硬膜、くも膜を切り開いて、血管を切断して大脳皮質を切除する、粗野な破壊法に頼っていた。

 パブロフは手術法をいくつか改良したが、今から考えると重大な誤りも犯していた。手術の時に出血を避けるために長い間頭蓋骨を覆う側頭筋を切除していた。その結果、頭蓋骨は委縮してしばしば一滴も出血なしで開くことができた。だが同時に硬膜も委縮して乾いたもろいものになり大部分はあとで気密に縫合できなかった。脳の傷は外部組織の創傷面はその粗い瘢痕(はんこん)とつながり、そこから脳組織の中へ容易に根深く瘢痕が増殖していった。手術した犬はほとんど皆、最後にけいれん発作をおこしたが、それは手術後5、6週間でもう始まることもあった。このけいれんははじめは数も少なく弱いが、数カ月の間に頻繁になりはげしくなることが多かった。動物はそれで死んだり、また新しい重い神経活動の障害が出てきた。(下、123頁)大脳切除手術にかかわる研究員たちは、口には出さないものの犬がかわいそうで、手術担当になることを恐れていたのだ。

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