【道元と宇宙】　16 道元の坐禅

 道元は「祗管打坐(シカンタザ)」という言葉を、
（「只」の字が「祗」(つつしむ)となっている）
廣録のなかで２回使っている。

ひとつめは、
「如今(シュキン)、時の縁に逢ふを得たり。
焼香・礼拝・念仏・修懺(シュサン)・
看経(カンキン)を抛却(ホウキャク)して、
祗管打坐せよ。」
(上堂語33)

 現代訳：
今、時が訪れて仏縁に逢えた。
焼香や礼拝、念仏、懺悔(ザンゲ)、読経を、
うっちゃっり捨てて、
坐禅に専念しなさい。

 ふたつめは、
「禅に参ずるとは身心の脱落なり。
焼香・礼拝・念仏・修懺・看経を要せず。
祗(ただ)、打坐に管(かか)わりてこそ始得(して)。」
(上堂語432)

現代訳：
参禅とは、身心脱落であり、
焼香や礼拝、念仏、懺悔、読経を必要としない。
祗(つつしん)で、坐禅に打ち込むことで得られる。

 上堂語33は仁治2年(1241)で、上堂語432は建長3年(1251)。
10年隔てて似た言葉が登場するのは、
道元が、過去の上堂語を読み返し、
補足や修正を加えて、
自分の思想のまとめの段階に
入っていたからだろう。

 この2つの上堂語から、
道元がどのような坐禅を目指し、
どう坐禅していたのか。
廣録の言葉を参考に読み解いてみる　。

 道元が鎌倉から戻った翌年、
建長元年(1249) 9月の六言絶句。

白文：
今朝九月初一
三打板鳴坐禅
脱落身心兀々
猶如無手行拳

 読み下し文：
今朝(コンチョウ)、九月初一(ショイツ)、
三打板鳴（サンダバンメイ）、坐禅。
脱落身心、兀々（ゴツゴツ）と。
猶、無手(ムシュ)にして拳(ケン)を行ずるが如し。
(上堂語347)

 現代訳：　
今朝は九月一日だ。板が三度鳴った。
坐禅を始めよう。
一切の繋縛を脱した身と心で、
正しい姿勢で坐禅する。
手のない拳闘のようにやる。

 身心が脱落しているから、身体は動いていない。
だが、頭の中はボクシング状態にある。
緊張感とスピードを感じる坐禅だ。　

また、建長三年春の桃花の季節。
身心脱落の坐禅が目指す境地が示されている。

白文：
溶々曳々山上雲
潺々湲々山下水
試問。其間雲水人
更於何処覓諸己
脱落於其心、法越見聞
究尽於其智、道超情謂。
正当恁麼時、於諸人躰上又作麼生。
両耳生来対両肩
霊雲曽悟桃花辺。

 読み下し文：
溶々曳々(ヨウヨウエイエイ)たり山上の雲。
潺々湲々(センセンカンカン)たり山下の水。
試みに問ふ。其の間の雲水人、
更に何処にか諸己を覓(もと)むる。
其の心を脱落すれば、法見聞を越ゆ。
其の智を究尽すれば、道、情謂を超ゆ。
正当恁麼の時、諸人の躰上に於て又作麼生。
両耳は生来、両肩に対す。
霊雲曽て桃花の辺に悟りき。
(上堂語421)

現代訳：
山上の雲は勢いさかんに、
また長々と伸びている。
山裾の水はサラサラザァザァ流れている。
ためしに訊いてみる。
山の中腹で修行中の君たち、雲水諸君。
諸と己はひとつのものだが、
それをどこに探そうというのか。
自己を脱ぎ捨てれば、
五官で感じられない認識ができる。
知識を突き詰めると、
常識の範疇を越えた現象に及ぶ。
こんな場合、諸君の身体において、
どういうことが言えるか。
二つの耳は生まれながらに両肩と一線上にある。
霊雲はかつて桃の花のそばで悟りを得た。

道元は、目に見えない現象を認識し、
それについて考えることが、
身心脱落の坐禅だと言っているようです。
大自然のなかで、自己を身体から解放する。
二つの耳が、左右の世界を受け入れる。
耳と肩を一線上にそろえゆったりと呼吸すると、
桃花の香が鼻に届くだろう。
なぜそうなるのか。それはどういうことか。
ひたすら考えると、悟りに到達する。

 道元の坐禅には
気品と格調、
真理を探究しようとする意欲、
そして詩心がある。
僕はだんだん道元が好きになっていった。 

このとき、
僕のなかにある、道元についての古い記憶が、
新しい記憶によって上書きされようとしていた。
あるいは意識の再構成というべきか。

 そして、露柱懐胎についての質問を、
ファックスにまとめているとき、
もっと大切な質問があるよと、
身体の奥底から声がしたので、
質問１として書いた。

 「質問１　道元といえば「只管打坐」という言葉が
まず思い浮かび、
私もつい最近まで「ひたすら坐れ」というこの言葉が、
道元の思想を代表する言葉だと思っていました。
しかしそれは道元をきちんと読んでいなかった
間違いと思うのですが、いかがでしょうか。 」

 廣録の言葉によって、
自分の道元に対する先入観と
再構成された道元像との
大きなズレが問いを生んだ。
僕のなかでは「道元＝只管打坐」だったので、
これは道元についての根源的な問いだった。

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