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言語の生物学的基盤:脳脊髄液接触ニューロン

 脳脊髄液 + ニューロン = 脳脊髄液接触ニューロン

 デジタル言語学は、研究指導者も仲間もおらず、どこからも研究資金がもらえない、孤立無援の学際的研究である。僕は、インターネット検索、大学図書館の蔵書、学会や研究会での発表を繰り返すことで、少しずつ枠を広げ壁を乗り越えながら前進した。

 2012年9月のFIT2012の発表を準備していた時、脳室内の免疫細胞ネットワークはBリンパ球とマイクログリアで成り立つが、聴覚器官や視覚器官から脳室へのネットワークをどう説明するのかと、モデルの不備にようやく気がついた。

 さっそく検索エンジンに、「脳脊髄液(CSF)、神経細胞(ニューロン)」と英単語を投入してみると、まるで冗談みたいに「脳脊髄液接触ニューロン(CSF-cN)」と出てきた。あまりにすんなりと出会いたいと思った細胞の名前に出会えて、驚いた。本当にそんな名前の細胞があるのだろうかと、夢をみている気分だった。


脳脊髄液接触ニューロンは脳室壁のさまざまな部位に先端に繊毛をもつ抗原端末を提示する
(Vigh 1983より)
AH adenohypophysis 下垂体前葉 CP choroid plexus 脈絡叢, LV infundibular nucleus 眼底核, LC retinal neurons forming Landolt's clubs ランドルトクラブを形成する網膜ニューロン, ME median eminence 正中隆起, AIN magnocellular preoptic and paraventricular neurosecretory nuclei, NII neurohypophysis 神経下垂体, NST' nucleus of the vascular sac 血管嚢核, OT vascular organ of the terminal lamina 終末板の血管器官, PN parvocellular preoptic nucleus 小細胞性視索前核, PO pineal organ 松果体, PP parapineal organ 傍松果体, PVO paraventricular organ 傍松果体, RET retina 網膜, RE Reissner's fiber, RF Reticular Formation 網様体 SCO subcommissural organ 交連下器官, SL spinal CSF-contacting neurons 脊髄CSF接触ニューロン, TF terminal filum 終糸,
下の円で囲まれた領域: 脳脊髄液接触樹状突起終末 dendritic terminal (T) 繊毛 with cilium (C),
basal bodies 基底小体(B). E ependyma 脳室上皮

 僕はそれまでに何年も脳科学や免疫学のことを調べていたのに、どうしてこの細胞に出会えなかったのだろうか。当時はまだ研究者数も少なく、ハンガリー人のヴィーグ(Vigh)という学者が細々と研究していたようだった。東大医学部図書館所蔵の「日本組織学記録」にヴィーグの論文が掲載されていたので、複写させてもらった。
 神経学でもなく、免疫学でもなく、組織学という地味な分野の雑誌に掲載されていたことからも想像できるように、脳脊髄液接触ニューロンがどのような働きをするのかは、いまだに解明されておらず、謎のままである。どんな形で、どこにどのように分布しているかといった、組織的なことしかわかっていないのだ。学者は想像を働かせていろいろとものを言っているようだが、ネットワーク要求解析という手法をどう評価するだろうか。

 僕は、脳脊髄液接触ニューロンが感覚器官と脳室壁を結びつけていること、脳室壁に抗原端末を構築していることなどの組織学的研究成果をふまえ、Bリンパ球やマイクログリアなどの脳室内免疫細胞がどのような能力をもった細胞を求めているかというネットワーク要求解析の結果と結びつけて考えた。そして、脳脊髄液接触ニューロンは、感覚器官からの刺激をいち早く脳室壁に構築された抗原基に伝えて賦活する細胞だという仮説が生まれた。

 

脳室内ネットワークモデルの受容はこれから

  こうして組織学的な観察結果と、脳室内免疫細胞のネットワーク要求を結びつけて仮説を生み出したことは、それほど無謀なことではない。必要は発明の母というのは、生命進化にこそあてはまる。

 血液脳関門によって保護された脳室内で、Bリンパ球、マイクログリア、脳脊髄液接触ニューロンの3種の細胞が、脳脊髄液中を移動できるBリンパ球を媒介して、相互にネットワークし、言語を処理できる潜在力をもっていることは、厳然たる事実である。10年以上前から、僕はそれを主張しているが、この仮説に賛同してくれる人はまだいない。

 その理由はいくつか考えられる。

 第一に、免疫細胞は免疫の仕事しかしないという思い込み(常識)に強く支配されている。脳室内にBリンパ球が存在するなら、免疫パトロールをしているに違いないと考えている学者が多い。免疫細胞がニューロンと同じ仕事をしうるということを知らないこともある。

 第二に、血液脳関門で仕切られた脳室を充満する脳脊髄液が、超低雑音環境を提供することの情報理論的な意味が理解されていない。これには情報理論のエントロピー概念が、熱力学的ではないという思い込みも作用している。低雑音環境では、S/N(信号雑音比)が桁違いに向上すると、同じだけ桁違いにダイナミックな通信現象を生みだすのである。おそらく脊髄反射を実現したのも、脳室内免疫細胞ネットワークであろう。

 第三に、脳内の言語処理メカニズムを、細胞・分子レベルで、なんとしても解明しようという気概をもつ学者が少ない。あるいは、機能や役割が未解明の細胞組織が、何をしているのかを解明してやろうという気概に欠ける。この二つの気概をもって、トンネルの両側から掘り進んでいけば、いつか開通して真実が姿を現すのではないか。

 おそらく人類と文明の閉そく感は、これからますます強まるだろう。そのときに、人類とはどういう生物であり、どのように生きなければならないかと考える人々がもっと増えてきたら、僕の仮説も受け入れられることになるだろう。


トップ画像は、カメの漏斗核の脳室内樹状突起終末(星印)の走査型電子顕微鏡写真。クーターガメ属(scripta elegans)。矢印:上衣動毛、x 7,200。

Ingeborg VIGH-TEICHMANN and Bela VIGH, The System of Cerebrospinal Fluid-Contacting Neurons, Arch. histol. jap., Vol. 46, No. 4 (1983) p. 427-468

Vigh B., et al. The system of cerebrospinal fluid-contacting neurons. Its supposed role in the nonsynaptic signal transmission of the brain Histol Histopathol (2004) 19: 607-628

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