三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 №10 第三章 興国天皇顕彰の神風串呂(第2分冊)
復刻版 №10
徹底的に日本歴史の誤謬を糺す 其の弐
神皇正統 第九十七代 第五十一世 興国天皇顕彰
第三章 興国天皇顕彰の神風串呂(第2分冊)
目 次
第1分冊
第一節 守永親王が皇位を継承し給いし経緯
第2分冊
第二節「興国天皇」(御名守永)の神風串呂
凡 例
🟢旧漢字は固有名詞等の一部を除き新漢字に変換し、旧仮名遣いは新仮名遣いに変換しました(國→国、ふ→う)。「寺野ちゝ薬師」以外の「ゝ、ゞ」は普通の文字で表記し、卅→三十、廿→二十、拾→十、皈→帰、壽→寿、竝→並などと表記しました。横書き用記述に合わせて「串呂地文連記」の東西・南北の方向を反転した場合もあります。本文中の引用箇所は、「 」『 』【 】で明確にしました。
🟢改行で一行空けるようにし、さらに適宜改行を補い、難読漢字にはルビを付し、句読点や括弧等を補い、見出しを付け、原著にはない串呂図や系図、写真・画像、WEB地図、記号(⛩)、絵文字(🟠)等を挿入し、資料先のサイトをリンクしました。頁数は復刻版独自の頁数で原著とは関連していません。
🟢明らかに誤字・脱字・誤記と判明している箇所は訂正し、個人情報保護の為に固有名詞などの関係個所を一部削除したり簡略化しました。
🟢金ヶ崎神宮→金崎神宮と表記し興国天皇践祚の日を延元二年二月五日と改めました。
🟢三浦芳聖師は、遠祖の人生を追体験する為に一人で何役(尊良天皇、興国天皇)も務めたようですが、誤解を避ける為「神武・応神・後嵯峨・後村上・松良五皇一体」で統一しました。また「五皇一体」と簡略表記した箇所もあります。
🟢串呂図の地名・住所は最新のものを表記し、本文中の住所も文意を損なわない限り最新住所を記載しました。府県名を省略した場合もあります。
🟢編集上の注記として挿入した箇所は〔編集者注記〕、消滅したり変更された地名は〔現在不明・廃村消滅か〕、地名を特定する為に「高松町〔田原市〕」のように記載し、和暦皇暦の後に西暦を挿入しました。例〔1370年〕。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
第三章 興国天皇顕彰の神風串呂(第2分冊)
第二節 「興国天皇」(御名守永)の神風串呂
「興国天皇」の御名(「守永」)の諺文は「守義」であり、又「長森」も諺文であります。
符号は「上野」(「上野宮」と申し上げる。)、「小高」 (「猿田小高陵に葬る」とありますから。故に「尊良天皇」の符号は大高)、「五辻」(諸々の文献には「五辻宮守永親王」とありますが、これはお若い時の宮号であると思います。)であります。
1、高御位山と八尺鏡野との串呂
第一章第九節(四十五頁)に於て「尊良天皇」が「高御位」に登極された事を立証する神風串呂
「与位」—「高長」—「高御位山」―「高甲良山」―「八尺鏡野」
の神風串呂を解明致しましたが、「尊良天皇」は誰に其の皇位を御譲位されたかを確かめる為に、右の串呂を延長して見ますと、ピシンと鳥取県八頭郡八頭町の「上野」に串呂して居ります。
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