三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 №11 第四章 小松天皇顕彰の神風串呂(第1分冊)
復刻版 №11
徹底的に日本歴史の誤謬を糺す 其の参
神皇正統 第九十八代 第五十一世 小松天皇顕彰
第四章 小松天皇顕彰の神風串呂(第1分冊)
目次
第1分冊
第一節 興良親王が皇位を継承し給いし経緯
第二節 「小松天皇」の神風串呂(前半)
第2分冊
第二節 「小松天皇」の神風串呂(後半)
凡 例
🟢旧漢字は固有名詞等の一部を除き新漢字に変換し、旧仮名遣いは新仮名遣いに変換しました(國→国、ふ→う)。「寺野ちゝ薬師」以外の「ゝ、ゞ」は普通の文字で表記し、卅→三十、廿→二十、拾→十、皈→帰、壽→寿、竝→並などと表記しました。横書き用記述に合わせて「串呂地文連記」の東西・南北の方向を反転した場合もあります。本文中の引用箇所は、「 」『 』【 】で明確にしました。
🟢改行で一行空けるようにし、さらに適宜改行を補い、難読漢字にはルビを付し、句読点や括弧等を補い、見出しを付け、原著にはない串呂図や系図、写真・画像、WEB地図、記号(⛩)、絵文字(🟠)等を挿入し、資料先のサイトをリンクしました。頁数は復刻版独自の頁数で原著とは関連していません。
🟢明らかに誤字・脱字・誤記と判明している箇所は訂正し、個人情報保護の為に固有名詞などの関係個所を一部削除したり簡略化しました。
🟢金ヶ崎神宮→金崎神宮と表記し興国天皇践祚の日を延元二年二月五日と改めました。
🟢三浦芳聖師は、遠祖の人生を追体験する為に一人で何役(尊良天皇、興国天皇)も務めたようですが、誤解を避ける為「神武・応神・後嵯峨・後村上・松良五皇一体」で統一しました。また「五皇一体」と簡略表記した箇所もあります。
🟢串呂図の地名・住所は最新のものを表記し、本文中の住所も文意を損なわない限り最新住所を記載しました。府県名を省略した場合もあります。
🟢編集上の注記として挿入した箇所は〔編集者注記〕、消滅したり変更された地名は〔現在不明・廃村消滅か〕、地名を特定する為に「高松町〔田原市〕」のように記載し、和暦皇暦の後に西暦を挿入しました。例〔1370年〕。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
第四章 小松天皇顕彰の神風串呂(第1分冊)
第一節 興良親王が皇位を継承し給いし経緯
1、小松天皇(御名興良/オキヨシ/オキナガ)
2、興良親王が皇位を継承し給いし経緯
三浦皇統家第三代目の、神皇正統第九十八代第五十一世「小松天皇」(御名興良)は、巻頭略系譜に掲げました如くに、御父は三浦皇統家第一代「尊良天皇」と御同腹の皇弟「一品中務卿征東将軍宗良親王」(静岡県引佐郡引佐町「井伊谷宮」御祭神)の第一王子、御母は藤原氏狩野介貞長女、
皇紀一九九四年(建武元年)九紫火星甲戌年〔1334年〕三月十四日の御降誕で、一説には「大塔宮護良親王」の王子で「宗良親王」が猶子として養い給うたとありますが、
之は大正十年〔1921年〕の発行三輪義熈氏著「神皇紀」の第三編宮司之巻、応神天皇第二皇子大山守皇子第五十七代富士三浦左京亮義勝の章に、次の如く記されているため誤認されたものと存じます。
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神皇正統家極秘伝「神風串呂」の集大成である三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』のデジタル復刻版。難読漢字に読み仮名を付けました。日本…
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