長文感想『「男はつらいよ」を旅する』川本三郎
以前読了した『東京万華鏡』に続き、著者の豊かな文学知識と旅行体験がにじみ出る文章の魅力をさらに追うべく手にした本。
著者が雑誌記者として全国の風物を取材するきっかけとなった、「寅さん」の世界を追体験する紀行本です。
「男はつらいよ」―――
多くの評論家の方に語られてきた映画ですが、著者はロケ地めぐりを通じて、撮影当時に関わった地元の方々の生活と思い出を本作で丁寧にあぶり出していきます。
このシリーズが注目を集め始めた当時は東映任侠物の全盛期。
実力で現実と対峙するヒーローたちとは対極の寅さんは、ここぞというところでころび、挫折する一種の道化。
ある意味「傍流」のキャラであった寅さんがめぐる土地は、当時の世間の興味から少し離れた意外な場所が多いです。
(第9作の舞台、兵庫県の日本海沿いのひなびた漁村、入り江に立ち並ぶ「舟屋」で著名な伊根湾も、当時はまだ全国には知られていなかったとか。現在、ここもオーバーツーリズムで生活の場に無断で立ち入る方が多いのが残念…)
そして、寅さんと出会う多くの人たちもまた、「人生の傍流」とも言うべき背景を背負った人が登場。
失踪した妻を追って北海道の道東までやって来たサラリーマン、生き物相手の酪農家の現実もちらりと触れられています。
(劇中、酪農家で雇ってもらった寅さんが、炎天下の作業に2日目にしてダウン)
先に触れた、佐藤B作さん演じるサラリーマンも、妻が男性と駆け落ちした先の霧多布湿原にある小屋で、生まれた子どもとひっそりと暮らす様を見て、「駄目だ、こりゃ」。
一見、生ぬるい人情劇という印象もある「男はつらいよ」。
その一方で、人生の荒波を丁寧に描写する一面もあったことを、この本で改めて知ることに。
自身も含めて、いろいろ奮闘するものの報われない寅さん。
ですが、損得なしにひとに寄り添おうとする姿が寅さんの魅力のひとつですね。
「ヒーロー」になれないからこそ、市井の人たちに受け入れらた「寅さん」という稀有なキャラクターを追う著者。
ロケ地をめぐる中で、現在でもロケ当時の思い出を大切にしている方々に出会い、詳細なリポートを記しています。
寅さんが倒れて迷惑をかけた酪農家のロケ地となった、牧場主の奥さまは―――
日本全国で、ロケ当時の思い出を熱く語る方の多さ。
そして映画公開後も、足繁くロケ地めぐりを楽しまれるファンの姿はとても印象に残りました。
【おわり】