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風花が舞う頃 4

 キャンパスの木々に瑞々しい若葉が茂り、初夏のを受けて、地面に精緻な影を落としている。ゴールデンウイークが明けると、新入生の服装やメイクがあかぬけ、キャンパスが華やぐ。

 入試会議を終えて研究室に戻り、編集者からきた急ぎのメールに返信する。急がないと非常勤先に遅れてしまう。バッグとコートを掴んで最寄り駅まで走り、山手線に飛び乗る。上野駅に着くと、カフェでサンドイッチと紅茶をテイクアウトし、新幹線ホームに向かう。

 故郷にあるO大学の非常勤講師は、帰国した11年前から続けている。H大の専任になったときに辞めてもよかったが、やりがいを感じているので、そのまま続けてきた。

 雑多な都会の街並みが消え、見慣れた上毛三山の山影が見えてくる。若葉が芽吹き、鮮やかな緑に染まる山々を見ると、「山笑う」という言葉を思い出す。幼い頃、俳句をたしなむ祖父が教えてくれた。

 山影を目にすると、故郷への様々な感情が攪拌され、浮き沈みする。大学教員になり、故郷の若者を学問に誘える充実感は大きい。苦節の時代も見守ってくれた祖父と両親の顔を見られる喜びもある。他方で、故郷の閉鎖性に対する嫌悪も、ちりちりと騒ぎ出す。小さく溜息をつき、サンドイッチの最後の一口を苦みの強い紅茶で流し込む。

 同質性が高い人々の集団は、異質な者を攻撃して結束を保つ。私は手先が不器用で、運動神経が鈍く、引っ込み思案の子供だった。そんな私は、いじめやいじりの格好の対象だった。小学校高学年の頃から、神経をすり減らしながら、周囲から浮かない努力を重ねてきた。周囲を気にせず、超然としていられる強さを持てない故の選択だ。たまに、多数派ではない考えをぽろりと口にしてしまうと、面白い人扱いされていじられるか、無視が待っていた。陰口を言われ、嘲笑の的になり、神経をぼろぼろにされた。

 そんな私は、マイノリティ(少数派)への差別と迫害の歴史を重ねながらも、多様性を尊重する多民族国家としての前進を止めないアメリカに惹かれた。都内の国立大学でアメリカ政治を学び、アメリカの大学院に進んだ。
 研究対象に選んだのは、マイノリティの権利向上運動が実を結んだ1960年代に導入されたアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)。差別されてきた民族集団や階級の状況を是正するために、教育機関への入学、就職などで、マイノリティの優遇措置を設ける制度だ。様々な問題を抱える制度だが、理想と現実のはざまで呻吟しんぎんするアメリカの表象のように思え、無性に興味を引かれた。その政策が生み出す公共利益集団と、それらが政策過程に及ぼす影響、政策機能の変遷を政治学的に考察し、博士号を取得した。

 そのことも手伝い、知人からO大の国際関係学部で「国家と民族」を講義できる教員を探していると聞いたとき、即座に飛びついた。この地域は、1990年代から、製造業に南米出身の日系人を受け入れてきた。それを契機に外国人が増加し、共存に伴う問題が山積している。地域の将来を担う学生の意識を啓発することで、改善に向けた種を撒きたいと思った。

 O大は医療系学部が主体の私立大学だ。医学部は持っていないが、設立者一族が経営する病院が、附属病院の機能を果たしている。
 30年ほど前に、国際関係学部が新設された。2年前に、世界保健機関(WHO)で勤務していた鳴海龍なるみりゅう医師が学長に就任した。設立者の孫である彼は、Fランクに後退して久しい国際関係学部に、改革の手を伸ばしている。昨年から、何度か私の講義にも視察にきて、的確な感想をくれた。40代半ばで、縁なし眼鏡を掛けた垂れ目と、やわらかい物腰が印象的だった。だが、時折見せる鋭い眼差し、洞察力に満ちた言葉が手強さを感じさせた。彼の眼差しと声質、他人の懐にすっと入りこむ人懐っこさに惹かれ、身体の芯に点火されたように全身が熱くなった。

 今日は、その学長に、学部の将来について意見が聞きたいと食事に誘われている。非常勤の私にまで声が掛かることに疑問を感じるが、好奇心が遥かに上回っている。
 国際関係学部の専任教員は、定年まで大学が持ちこたえてくれればと願う年齢層の高い先生が大半で、意欲のある若い先生は他大に移ってしまう。研究に対する意識が低い先生が多く、他者の著作を引用した際に、引用源を明記しない先生がいて驚かされた。学生の反応を意に介さず、ざわざわした教室で独演会のような講義をしている先生もいる。学長が、そこにどうメスを入れるのか。そんな彼を想像すると、ブラウスの下の肌がじんわりと熱を持つ。

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 階段教室のドアを開けると、10人ほどの学生が座っているのに、電気が点いていない。暗い教室で、誰も電気をつけない自主性の欠如に、不気味さを感じる。

 電気をつけ、レジュメを後方に置き、パソコン、プロジェクター、スクリーン、マイクの作動を確認する。この教室は、カーテンの開閉、ブラインドの上下まで電動式だ。電源を切った後に、カーテンを開け忘れたことに気づいたときは、便利なのか不便なのかわからなくなった。

 開講時間が近づくと、学生が五月雨さみだれのように増えてくる。マイクをオンにし、「始めます」と一声を発すると、50人ほどいる学生の目が壇上の私に向く。Fラン大学とはいえ、志の高い学生はたくさんいる。彼らの澄んだ目を見ると、学問に誘いたい衝動が突き上げてくる。

 受験を経験した学生が多いH大は、学生の学力に大きな差はない。だが、O大の学生の学力は、ばらつきが大きい。地元の学生は、偏差値の高い大学を志望しても、滑り止めに地元の大学を受験しておくことがある。そうした経緯で仕方なく入学してくる学生は、周囲から突出した学力を持っている。他方で、毎年定員割れを起こすO大は、繰り上げ合格者が多く、ほとんど受験勉強を経験しなかった学生でも合格できてしまう。
 そんなO大では、H大で講義するときよりも、わかりやすさを意識して話す。最高学府でもFランク大学でも、講義の水準は変えないと豪語する教員もいる。だが、私は難解な講義を聞かせ、学生の学問への関心を失わせてしまうよりも、わかりやすさを重視した講義で、知的好奇心を刺激したい。実際、偏差値の高い国立大学でも、学生評価が高いのは、映像や写真を取り入れて明快な講義を行う教員だ。

「みなさん、こんにちは。連休は楽しめたでしょうか?」

 学生をざっと見回し、反応を確かめる。頬を緩めて頷く学生もいれば、初めから頬杖をつき、そっぽを向いている学生もいる。全員の関心をこちらに向けてやろうと言葉に力を込める。

「連休前に、国民国家ネイションステート国民ネイション民族集団エスニックグループという概念について学びましたね。休みを挟んだので、簡単に復習しておきます。前回のレジュメを用意して下さい」

 スクリーンにパワーポイントを映したとき、後方の入り口からスーツ姿の学長が入ってきて、最後列の席に座る。学長に会釈され、全身にぴりっと電気が走る。学長効果で、教室の空気がにわかに張りつめる。

「民族集団は、人々が共通の言語や文化、歴史などを共有することで形成されます。民族集団のなかで力を持った集団が、領土を手に入れ、他の民族集団を統治下におきます。そして、中央政府をつくり、領土に組み入れた人たちを血統、共通の言語、文化、歴史などを媒介にして統合し、国民を作ります。こうして成立するのが国民国家でしたね。
 国民国家の起源と言われるドイツとフランスが、何を媒介に国民を統合したかを覚えているでしょうか。ドイツはドイツ語や祖先から受け継がれた文化的連帯、フランスは「自由・平等・博愛」という政治理念を共有することによって統合されました。
 国民と民族集団は、重なり合いますが、それが完全に一致することはなく、常にマイノリティ(少数派)を含んでいます。彼らが独立を求めたり、権利の拡大を要求したりすることで起こる問題を総称して、民族問題と言いましたね。

 こうした民族問題をこれから勉強していくとお話しました。東アジア、南アジア、中東、アフリカ、ヨーロッパの代表的なものを扱います。民族問題を紐解くために、冷戦とその終結が重要な要素になることが多いとお話しました。

 ここまでが、前回の復習になります」


 多くの学生の視線は私から外れないが、中にはこちらを見ていない学生もいる。窓際後方の席に、年齢の高い社会人学生の女性が2人いる。彼女たちは、私の顔とノートに書いた何かを交互に見ながら、肘を突きあって笑っている。以前の講義でも笑い声が目立ったので、「私語は講義の妨げになるので、やめて下さい」と教壇の上から毅然とした態度で注意したが、懲りていないらしい。 2人は私の高校時代の同級生で、当時から私の言動を嘲笑していた。20年以上経っても、やることが変わっていないことに、冷ややかな軽蔑が湧き上がる。学長の方針なのか、昨年から社会人学生が増えていて、同級生の社会人学生に、同じような思いをさせられたことは前にもあった。

 私はマイクを持ったまま、ゆっくりと教室を歩き回り、学生の様子を観察する。内職をしていた学生や寝ていた学生も、そそくさと姿勢を正し、教室の空気が緊張を取り戻す。例の2人の横を通り、「私語を止めて下さい。講義を聞かないなら、他の学生の迷惑になるので退室して下さい」と小声で注意する。2人は私をきっと睨み、何かをノートに書きつけている。私への呪詛の言葉に違いない。

 

主要参考文献
塩川伸明『民族とネイションーナショナリズムという難問』(岩波新書、2008年)
谷川稔『国民国家とナショナリズム』(山川出版社、1999年)