能『砧』
豊田市能楽堂で「納涼能」を観て参りました。演目は、能は『砧』、狂言は『秀句傘』。
狂言が意外と面白く、当時から「ジョークが寒い」って言い回しがあるのかしらとびっくりしました。
能『砧』は初見です。今回は喜多流によるものでした。
『砧』は世阿弥作であることがはっきりしており、世阿弥の息子、観世元能による『申楽談儀』に、世阿弥が語った事として、次のように書かれます。
世阿弥自らが言ったように、室町、戦国においてはほとんど上演された記録はないそうで、謡のみがおこなわれていたようです。江戸時代に入って再び能が上演されるようになり、現代に至ります。
今は、割と上演回数が多い曲ではないでしょうか。
お話のみを読んだ時には、夫を恨みながら亡くなった妻が、なぜ最終的に成仏できたのか、よくわかりませんでした。
今回初めて能として見ましたが、謡の美しさに引き込まれます。あまり動きのない、セリフ劇と言ってもよいのに、砧の音が空間に響いていくような気がして、舞台を広く感じました。
世阿弥自らが語っていない以上、この能が伝えたかったことの「正解」はわからないでしょうが、見る人の年齢、人生経験によって、感想が大きく異なる能だと思いました。
芦屋(九州)の地の領主である夫は訴訟のために都に行ったきり、三年も帰ってきません。夫は心変わりしたのか。離れ離れの苦しさに苛まれる日々でしたが、ある時夫とともに都へ上った侍女:夕霧が突然帰ってきます。
「今年の暮れにお帰りになられます」との便りを携えて。
妻は夫と長年連れ添っていたと思われますが、それゆえに会えない三年間をとてもつらいものと感じています。ましてや、この三年間は夫とは音信不通であったようです。妻は、夕霧に何故便りをくれなかったのかと、不満を漏らします。
「御奉公が忙しくて…」と言う夕霧に「貴方は都の華やかな暮らしで心が紛れていたでしょうけれど、私はわびしい田舎暮らし…」と恨みを募らせます。本当に夫は、自分のことを忘れてしまったのだろうか…妻は、どんどんと疑心暗鬼に捕らわれてしまうのでした。
若い女性であれば再婚も可能でしょうが、中年期をすぎた女性にそれはないのではないか…と思います。とはいえ、「三年」というのは夫婦仲も解消されるほどの長い時間、ということなのでしょう。
夕霧が夫と暮していた三年間を妻に見せつけるようにしている、とか、夕霧は夫の愛人であった、との説もあるようですが、この能では、あくまでも夫は善良な人として書かれていると思います。
領主である夫が、九州から都へと自ら赴かなければならないということは、抱えている訴訟は、重大案件であったことでしょう。領土の争い、収める税の問題、あるいは有力な人とのトラブルであったのかもしれません。重要であればあるほど審議には時間がかかるでしょうし、敗訴となれば一大事です。必ずやよい知らせをもって帰宅したい、という思いが夫にはあったはずです。
妻もそれをわかっているけれども、やはり田舎に一人残された自分のことを、華やかな都で暮らす夫は忘れてしまっているのではないか、と不安に思う三年間であったことでしょう。
夕霧の着物は、赤ですが、妻は地味な色の着物です。今回の舞台では、妻の着物はとても上品な色で、髪もしっとりと落ち着いた感じを強調しており、対して夕霧の赤の着物は、都での生活は落ち着きのないものであったのではないか、と思えるほど派手に(やや下品に)思えました。
中国は漢の時代。敵地に捕らわれた蘇武は妻子と離れ離れになっている寂しさに、旅雁に文をつけて飛ばします。文は漢の王のもとに届きます。蘇武の妻が夫を思って打った砧の音もまた、遠い地の夫のもとに届くのでした。
『砧』の妻は、自分の夫は蘇武とは異なり音信不通であることを嘆き、しかし、せめて自分が夫を思っていることが届いて欲しいと、故事にちなんで砧を打つことにします。
そうして、秋の夜に、砧の音が響くのです。
この場面の謡は本当に素晴らしいと思います。
ところが、願いもむなしく、都の夫からは「今年の暮れには帰ることができなくなった」との便りが届きます。ついに、妻は心痛のあまり亡くなってしまうのでした。
中入り後に、いままでの経緯が語られ、後場となります。
夫は、妻の死を知り、故郷に帰ってきています。夫が法華経を唱える中、妻の霊が現れ、地獄で苦しめられている、と語ります。
夫のことを思って亡くなってしまったことは罪なのでしょうか…それとも、夫を少しでも疑っていたのが罪なのか。
夫は、善良ではあったのかもしれませんが、「妻は待っててくれるだろう」とばかりに便りも寄こさず、ついに妻の哀しい思いを理解することはありませんでした。夫のことを深く思うあまり亡くなってしまった妻が地獄に堕ちるのは、何とも納得がいきません。
能は地獄についての描写を、謡で表現するものが多いのですが、中世において「地獄」とは今よりもはるかに身近なものだったのかもしれません。どうも、少しでも現世への執着を残していると、それが足枷となって極楽へ行くことができないようです。そのために、シテである亡霊たちはその地を偶然に訪れた、僧(ワキ)に読経を頼むことが多いのです。
しかし、『砧』では、読経をするのは僧ではなく、妻の執着のもととなった夫です。
通常で考えれば、有難いお経のお陰で妻は成仏できた…と考えるのでしょうが、そんな単純な話なのでしょうか…?
夫はそれなりに妻のことを思ってはいたのでしょうが、妻がどれほど自分を思っているのか、については想像力が足りなかったように思います。あるいは、訴訟のことが気掛かりだっただけではなく、さまざまな刺激のある都にいたことも、妻の心を思いやることを後回しにしてしまった理由かもしれません。つまりは、妻の懸念も当たらずとも遠からず、だったのではないか。
夫は不実を働いていたわけではないとしても、自分の存在というのは、夫にとってはその程度のものだったのだ、と妻はようやく悟ったことでしょう。
二世を誓う、末の松山波越さじ…などと言っても、所詮は口だけ。そこまでの強い想いがあるというのは、嘘だったんだなあ…と虚しくなったともいえます。
そう考えると、愛する夫が自分のためにお経を唱えてくれたから成仏できたわけではなく、その反対で、「人間界での愛とはなんと虚しいのだろうか…」とあきらめの境地に達し、同時に夫への執着も綺麗に消えたために成仏できたのではないか、と私には思えました。
いくら長年連れ添った夫とはいえ、お互いを思う心には温度差があることは間違いないと思います。自分が思うほどには相手は思っていないかもしれない。もちろんその反対もあり得ます。お互いに同じ情熱で想い合っている、というのは幻想で、しかし、言葉ではどれだけでも脚色することができるのです。
一人の人と長く一緒に過ごそうというのであれば、お互いの距離感というのがとても大事だと思います。相手に不実があればとっとと切り捨てるのは当然としても、自分と相手は別人格であると認識することが何よりも大切でしょう。
離れていてもこまめな連絡を欠かさない人もいますが、反対に必要事項しか連絡してこない人もいる。どちらにしても、それに振り回されることなく、自分の時間は自分のために過ごすことができなければ、この話の妻のようになってしまうように思います。
好きな人の為に、恋い焦がれて死ねるなら、それも幸せ、と感じることができたのは、若い頃の恋に恋をしていた時。今の自分だったら、そんな人生の終わり方は、あほらしいなあ…と思ってしまいます。
世阿弥が意図した「能の味わい」には、程遠い感想とは思いますが、この能の解説をしてくださった、能楽評論家の金子直樹さんは「能が表現していることは2~3割です。残りの7~8割はご自分でいろいろ考え、感じて下さい」とおっしゃっていました。
最初に思ったように、これは人生のいつに見るか、ということで大きく感想が変わってきそうな気がします。また、他の流派の方が演じることでも変わるのは間違いないでしょう。同じ曲であっても、舞台は一期一会。それが能の面白さなのですから。
また次の舞台が楽しみです。