道成寺を巡る女性たち
もう梅雨明けしてしまったんでしょうか…多少なりとも涼しさを期待していたのですが、雲もまばらな(笑)炎天下の中、和歌山県へ行って参りました。
謡、仕舞の先生の娘さんが、昨年能楽師の登竜門とも言われる『道成寺』を舞われました。私の娘と二人で舞台を観に行ったのですが、初めて観るスペクタクル能に度肝を抜かれました。それ以来、道成寺へ行ってみたい、とずっと思っていたのです。
『道成寺』といえば、能、歌舞伎、文楽などでおなじみの「安珍清姫物語」。しかし、この寺の建立を発願したのは、藤原宮子と言われているのです。
藤原宮子は文武天皇の夫人であり、聖武天皇の生母。藤原不比等の長女であり、聖武天皇の后となる光明子の姉、でもあります。この宮子には少し不思議な話があるのです。
彼女は首皇子(後の聖武天皇)を生んだ後、気鬱の病となり実に37年間も息子に会うことがありませんでした。ところが、僧正玄昉により正気に戻り、初めて天皇と逢うことができた、と『続日本記』は語ります。
この宮子と道成寺がなぜ関係があるのか、わからなかったのですが、このお寺に伝わる縁起を聞いてびっくりしました。
不比等関係で、似たような話があったような…と思ったのですが、能の『海人』ですね。もっともこちらは宮子姫のお話ではなく、不比等の息子である藤原房前の話であり、また場所も讃岐でありますが、話の基本ラインが似ているように思います。
不比等と海人は何か関係があったのかもしれませんね。
ちなみに宮子を快癒させた僧正玄昉は彼女と密通し、その間に生まれたのが僧正善珠である、という民間の噂があった、と『日本後記』の善珠という僧の卒伝で触れられているそうです(「平安貴族列伝」倉本一宏)。
平安時代を牛耳る、藤原家の娘である宮子のそんな記事を書いていいんですかね…
彼女の37年もの長きにわたる気鬱の病といい、そこはかとなく闇を感じます。
私も知らなかったのですが、道成寺には現在鐘はありません!清姫によって焼かれた後、400年後(南北朝時代)に二代目の鐘が作られます。ところが、この鐘は雑賀攻めをした秀吉によって、戦利品として持ち去られてしまうのです。この鐘は京都市の妙満寺に奉納され、現在もそこにあるのです。
ひどいな…返してあげて…
さて、『道成寺』ですが、こちらのお寺の目玉は、なんといっても、縁起堂で行なわれている『道成寺縁起』の絵解きです!とても素晴らしく、これだけのために来てもいい、と思えるほどでした。
元祖、漫画ともいうべき絵巻もの。模写でありますが、それを使って、僧の方が『安珍と清姫の物語』を、ときどきギャグを交えながらお話して下さいます。小学生から大人まで楽しめること間違いなし。
奥州は福島から熊野大社へと修行の旅にやってきた見目麗しき僧、安珍。真砂荘というところで一晩の宿を求めます。ところが、彼が泊まった家の娘が一目見て、恋に落ちてしまいます。彼女が清姫です。
清姫は猛烈アタックを開始し、修行を理由に断っていた安珍も、最後は面倒くさくなったのか、はたまた最初から騙すつもりでいたのか、「帰りもこちらに泊まることにします」といって、翌日に家を出、修行に向かいます。
安珍が、清姫の猛烈アタックにたじたじとなったのは仕方がないとして、朝に二人がやり取りした和歌は、彼が清姫を弄んでいるような狡さを感じるのは私だけでしょうか…
いつまでたっても戻ってこない安珍に、さすがにおかしいと感じた清姫。道行く人に安珍の行方を尋ねます。すると、「もうその男はだいぶ先にいっているはずだ」と言われるではないですか。清姫は怒りのあまり追いかけます。どんどん、どんどん追いかけて、最後は身なりを構わぬほどになりながら。ようやく追いついた安珍は、「人違いだ」といって逃げようとするのです。
恋に破れ、好きな人に裏切られ、道行く人にみっともない姿をみられた清姫の、ぼろぼろな心を考えると胸が痛みます。そんな男はどうでもいいとあきらめればよいのですが、もはやここまで来たら、「男ももろとも死んでやる」とも思っていたのかもしれません。
清姫の身体はやがて蛇体へと変化していきます。そして、彼女は泣くのです。
道成寺に逃げ込んだ安珍は、鐘の中へと隠れます。やがて蛇体となった清姫が道成寺にやってきます。安珍を探し回った清姫は、鐘に取りつき炎で燃やします。やがて、彼女は帰って行きました。
鐘の中で火あぶりになった安珍は当然助かることはなく、塔の前に葬られました。
それから何日かして僧は二匹の大蛇の夢をみます。そこで、僧たちは二人の法要をすると、今度は二人の天女が現れ、別々の方角へ飛び去って行きました。
清姫は、安珍と「先の世」は全く関係のないことが保障されなければ成仏できませんし、幸せにはなれないでしょう。僧たちの法要で、執着がなくなったことで初めて成仏ができたのだと思います。
能の『道成寺』では、清姫と思われるシテは、僧たちの法力で退散するのみで、成仏することができません。見せ場の多い能ではあるのですが、女性側としては少し複雑ですね…
また、『道成寺』が観たい!